不注意による足の怪我も大分良くなり、今日ナマエはバリー、クリスに同行して現地調査に赴いていた。
オフィスに残っているのはジルとレベッカ、そして上司のウェスカーだった。
その中のレベッカも、現在は薬品庫に試薬の在庫を確認しに行っているのでいない。
それを見計らい、ウェスカーはジルを呼んだ。
「新しい調査?」
「いや、違う。ナマエのことだ」
その言葉にジルは彼のデスクの前でナマエがどうしたのかと聞き返す。
ウェスカーは弄んでいたマグカップを置いて顔を上げた。
「相変わらずあいつは職場と自宅の往復か」
「そうね。この前の怪我でショッピングも延期になったし」
まだバーゲンはやってるから近いうちにナマエと行くつもりたけど、と話すジルにウェスカーは相槌を打った。
「しかし、引っ越してからはクリスとも大分親しくなったようだな」
「ええ。部屋も隣同士だから」
「ほう」
「そういえばレベッカから聞いたんだけど、最近、実験の合間に射撃訓練所に行ってるみたいなのよ」
当然と言えば当然か、と思ったウェスカーだったが、ジルが思い出したように話した内容にもしやと思い眉間に皺を寄せて考えた。
「ナマエが射撃?」
「近くの自販機で飲み物買ってるだけらしいけど、詳しくはわからないわ。何か変わった物でもあったかしら」
「クリス目当て、ってことはないか」
「まさか!」
ジルは半笑いで否定したが、ウェスカーが真顔で言う物だから思い当たる節がないか考えてしまう。
しかし、これといって当てはまるような変化や出来事はなかった。
もしかすると、自覚がないだけで彼に興味くらいは持ち始めているのかもしれない。
「それとなくナマエに聞いてみるわ」
可能性は無きにしも非ずだ。
ジルはそれだけ言って自分のデスクに戻った。
昼休み、休憩室での昼食。
今日もジル、ナマエ、レベッカは話に花が咲いていた。
「そういえば、ナマエはときめく人に巡り会いました?」
唐突だったが、レベッカの振った話題にジルは例の話をしやすくなった。
ナイスタイミングである。
「えー、私のことはいいよ」
「あれ、否定はしないんですね」
ニヤリと笑うレベッカとジルに、ナマエは溜め息をついた。
「もう、二人ともそんな顔して」
相手にしないナマエにジルがいくつか質問を続けた。
仕事柄、どこか誘導尋問のように聞こえなくもないが。
「身の回りの男ともし恋人になったら、とか想像しないの?」
「しないよ、てか想像つかない」
「例えば……ウェスカーは?」
「どう見ても保護者でしよ」
真面目に言うナマエにレベッカが吹き出したが、ジルは容赦ない。
「じゃあほら、たまにラボで一緒にいる……」
「ルイス?同僚としては有能で良い人」
「恋人としては?」
「ない」
その後も、既婚者のバリーやヘッドハンティングされていったレオンなど、最早身の回り所ではなくなっていた。
「そもそも恋人になったらって何想像するのさ」
「デートしたり、手を繋いだりですかね」
流石レベッカ、可愛らしい。
思わずナマエも微笑んだ。
「そうねー、あとはキス、ハグ、その先も?」
「聞いた私が間違いでした」
「ふふ。じゃあクリスはどう?彼とキスしたい?」
それを聞かれたナマエの動きが止まる。
あの時のように彼に抱えられ、そっとソファに下ろされる。
そして、同じ目線になるように屈んだ彼の手が頬に添えられ、近くなる距離。
「いや、有り得ないから」
「顔赤いですよ、ナマエ」
「説得力ないわよ、何考えてたの」
今度は二人が真面目な顔でナマエを指摘する。
それでもナマエは赤面していることを断固として認めなかった。
「わかりやすいですね」
「ほんと。で、彼のどこがいいの?結構ガサツだと思うんたけど」
「確かにそれは否めないかも……」
勝手に話を進める彼女たちにナマエは敵わなかった。
もう否定するのも面倒だったが、ひとつだけ言っておきたいことがある。
「言いたい放題なんだから」
「ナマエの反応が可愛くて」
「この際それはもういいけどさ、クリスは悪くないんだから巻き込まないでね」
何となくナマエの言いたいことがわかったジルだったが、わざときょとんとしていた。
「クリスはガサツじゃないし、親切だよ」
「それこそ想像できないわ」
「ほんとだってば。優しいし、でも『俺がしてあげてる』感とかはないもん」
だから巻き込んで悪く言わないでよね、と釘を刺すナマエに、ジルとレベッカは顔を見合わせた。
「すっかり惚れてますよ」
「まさかクリスとはね」
「だから、それとこれとは話が別!」
堂々巡りの恋愛話も、昼休みの終わりが近づきお開きとなった。
ナマエはいろいろと腑に落ちなかったが、仕方なく二人とオフィスに戻り、仕事を再開させた。
定時を過ぎてラボから戻ると、残業中のジルがコーヒーを飲んでいた。
ナマエがお疲れ、と言えば笑顔で応える。
「昼間は言い過ぎたかしら」
「私はいいの。クリスはだめ」
これは相当だな、と思いつつジルは苦笑した。
「わかったわ。恋とか云々の前に、ナマエはクリスを大切に思ってるのね」
それは合ってるでしょ?、と聞くジルにナマエは素直に頷いた。
「引っ越してから何かとお世話になってるし」
「言うほど優しいの?」
「うん、いつも親切にしてくれるよ。あと……怪我した時、丁度クリスもいたんだけど、移動する時抱えてくれてびっくりした」
ジルの方こそびっくりだ。
クリスもなかなかやるものだと関心した。
恐らく彼も無意識なのだろうが、ジルにしてみれば二人に任せていたら今の関係が進展しない気がしてならなかった。
それにしても、その話は初耳だったので詳細が気になった。
ナマエ以上に恋愛事に無頓着なクリスがここまでするのも珍しいと思ったからだ。
「それは確かに驚くわ」
「ね。それに、クリスが無理するなって言ってくれるからつい頼っちゃうんだよ。情けないよね」
「いいんじゃないの。貴女が気を許せる相手なんてなかなかいないわよ」
「うん……自分の悪いところ出しすぎて失望されなきゃいいけど」
座っている椅子の背もたれに体重を預けてくるりと回り困ったように笑った。
ジルは、深いところまで考えていたナマエを何だかいじらしくも思う。
「それ、クリスに話してみれば?」
「うーん、考えとく」
デスクの上の消ゴムを指先で突っつくナマエは小さく溜め息をついた。
「お昼のことだけどさ、本当にそういうこと考えたことないんだ」
彼女は視線を落とし、ジルに話を続ける。
「でも、クリスのことは同僚以上に好きかもしれない」
突然の告白にジルはちょっと待って、と言いたくなった。
今までのナマエからはこのようなことを言うなど考えられなかったからだ。
それは昼の様子からも明らかだろう。
「急にどうしたのよ」
「近所になってからここで以外も会うことが増えたけど、この前始めて射撃の練習してる所を見て、私って全然クリスのこと知らないんだなって思った」
もっと知りたいって思ったし、と恥ずかしそうに言うナマエに、納得したジルは紅茶の入ったカップを彼女に渡し微笑んだ。
「そういう気持ちも恋だと思うわ。時間をかけて仲を深めていくのもナマエらしいじゃない」
付き合う何だは二の次よ、と笑うジルはナマエの気持ちを少し軽くしてくれた。
「ありがとう。もっと仲良くなれるといいな」
「大丈夫よ!そうだ、延期になったショッピング、今度の休みに行かない?恋するナマエをとびきり可愛くするわ」
ウェスカーの勘も侮れないと思うジル。
ナマエもまさか自分よりも先に上司が恋心に気づいていたなど思いもしないだろう。
そして、ジルが思っていたように、気になった事に関しては満足するまで追求するナマエの性格が、やはり恋愛にも反映されていた。
その彼女の淡い気持ちは果たしてクリスに届くのだろうか。
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