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樹園のりんご 前編
07

久しぶりの贅沢な外食にジルとナマエは満足し、その足でショットバーに寄っていた。
カウンター席についた二人はそれぞれ飲み物を注文し、話をし始める。
マスターが他の客の注文に応えるのを見ながら深い青のカクテルを一口飲んだジルが、忘れないうちに、と鞄から何かを取り出した。

「このアパート、どう?女性専用ではないんだけど」

それは、部屋の間取図と資料だった。
見るとそこは3階の角部屋で、設備もなかなか良く新築のようだ。

「こんな良い物件知らなかった!今度見学してみる」
「そう、新居候補になってよかったわ」

グラス片手に興味深そうに資料を見るナマエ。

「どこで仲介してるんだろ」
「実はこれ、クリスが持ってきたのよ」
「クリスが?」

そう、と相槌を打つジルが、成り行きを教えてくれた。
クリスの住んでいたアパートが近々取り壊されることになり、そこの大家が住人に新しい部屋を斡旋したらしい。
しかし、全員がそこに移る訳ではないので、当然いくつか空き部屋が出る。
その空いた部屋を、クリスがジルに紹介したのだ。

「クリスのアパート、相当古かったから」
「そうなんだ。でも、何で直接教えてくれなかったのかな……」

先日、ナマエの事情が発覚した時もクリスはどこかに行ってしまっていたことを思い出し、何か彼に悪いことをしてしまったのかと考える。

「ほんとよね」

ナマエの様子を見たジルはこうなることを予想していたのか、何ともないように言う。

「私も自分で言えばいいいじゃないって言ったわ。そしたらクリスってば、『俺が言ったら断りにくいから』って」
「気、遣わせちゃったのか」

気にしなくても良ければ見に行くし、気に食わなければ断るのに、と酔っているからかナマエは少し感情的に思った。

「見学して良かったらここにしちゃおう。いつまでも隊長のとこに居させて貰うわけにはいかないし」
「そうね。クリスもそばにいれば安全そうだし、私も賛成」
「明日、クリスに話してみる。ジル、ありがとう」

そう言って前向きに笑うナマエに、ジルも微笑んだ。
それから、またジルに恋人の話をしてもらい、ナマエは気持ちが明るくなるのを感じた。


結局、ナマエはこの部屋に引っ越すことに決めた。
クリスに頼んで見学したところ、間取りはともかくバスルームの造りが気に入ったので迷っている暇はないと思ったのだ。
シャワーブースとバスルームが仕切られており、且つバスタブが深めな点がナマエにとってかなりのプラスになった。
加えて隣の部屋がクリスとくれば、知らない人よりも何倍も安心感がある。
見学の時の彼女のはしゃぎ具合にクリスも思わず釣られて笑顔になったものだ。
翌日には手続きを住ませ、マンションの荷物をまとめていた。

「ウェスカーさん、今までお世話になりました」
「大袈裟だな」
「とても助かったんです。感謝しきれませんよ」

ダイニングのテーブルで向かい合って、ここでの最後の夜を迎えている。
そうは言っても、オフィスでは顔を合わせるので別れの挨拶には違和感があった。

「しかし、良かったな。無事に部屋が見つかって」
「はい、ありがとうございました。これからは今まで以上に仕事がんばります」
「結構なことだ。だが無理はするなよ」

明日は久々の現地調査だった。
それが終わったらまとめた荷物を取りに来る予定だ。
クリスが車を出してくれると言ってくれたので、そこまで大変な作業にはならないだろう。
アパートが火事に巻き込まれた時は途方に暮れたが、その分彼女は仲間の優しさをこれでもかというくらい実感した。
彼らに対して自分に何ができるかはわからない。
それでも、新しい生活をスタートさせて仕事を真っ当したかった。
ナマエはその思いを胸に秘め、ウェスカーに就寝の挨拶を告げてベッドだけになった自室に戻っていった。


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