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樹園のりんご 前編
06

ウェスカーに言うことをすっかり忘れていたが、今日はジルと飲みに行く日だ。
そして、夕食はいらないということを伝えるのも忘れていた。
それを思い出したのはマンションを出る前で、今日に限って彼は既に出勤しておりもういない。
わざわざメールすることでもないし、合間を見計らって伝えれば言えばいいかと思い、そのことはまた暫くナマエの頭から抜けることとなった。


隊員がオフィスに揃う中、訪れた昼休み。
ナマエの視界にジルが入り、夕食のことを思い出した。

「隊長!」

反射的に、書類を纏めていたウェスカーを呼んで駆け寄ったが、皆がいる場所で伝えたら面倒なことになりそうだったので、ナマエは言いかけた言葉を飲み込んだ。

「あ、すみません、出直します」
「なんだ、用があるなら今言え」

尚も言い淀む彼女にウェスカーは、早くしろ、と急かした。
まあいいや、と開き直ったナマエはまた忘れてしまうのもどっちにしろ彼に迷惑だと思ったので、ここで伝えてしまうことにした。

「今夜はジルと飲みに行くので、夕食はいりません。あと、遅くなりはしますが、お迎えは大丈夫です」
「わかった。それでも帰る時は連絡を入れろ、いいな」
「はい」

二人の会話にオフィスはしんと静まり返る。
ナマエが自分のデスクに戻ろうとウェスカーに背中を向けると、一番遠くのデスクにいたレベッカと目が合った。
彼女は苦笑いをして肩を竦めた。

「ウェスカーとナマエってどういう関係なの……?」
「まさかあの噂は本当なのか」

食事に行くために席を立っていたジルとバリーは神妙な顔でナマエに問い掛けてきた。
さらに、昼休み15分前から舟を漕いでいたクリスは、何も言えずポカンとしている。

「いや、話すと長くなるんだけど、その……」
「ナマエのアパートが火事に巻き込まれて住めなくなったから、次が見つかるまで私のところに置いているだけだ」

ナマエの代わりに表情を変えずそれだけ言うと、ウェスカーは書類を持ってオフィスを出ていった。
この後、彼女は昼休みの大半を主にジルからの質問攻めに費やすこととなった。

「ああ、びっくりしたわ」
「しょうもない噂だと思ってたが、流石にあの会話には驚いたな」

結局、外に食べに行く時間はなくなってしまったので、レベッカが皆の様子を見てこうなることを予想し売店で買ってきた食料を、今オフィスで食べている。
始めから話しておけば良かったかもしれないが、同僚にまで迷惑をかけるわけにはいかないと思ってナマエは黙っていたのだ。

「女の子だもんな、住むなら確かにセキュリティはしっかりした所がいい」
「私のアパートも今は空きがなくて……」

集まってオフィスで食べる昼食は学生時代のようで何だか可笑しな感じがしたが、ウェスカーだけではなく皆も親身になってくれてナマエは感動で油断すると涙目になりそうだった。
ジルからの質問攻めも、やたらとウェスカーに何かされてないか心配していることからの物とわかり、彼に落ち度はないが、ジルの気持ちが嬉しかった。

「みんな、ありがとう。上手く言えないけど……」
「いいのよ、仲間でしょ。良さそうな部屋を見つけたら教えるわ」
「うん……!あれ、そういえばクリスは?」
「さあ?」
「あまりの衝撃にトイレにでも引きこもってるのかもな」

バリーが冗談を言えばみんなが笑い、残り少ない昼休みだったが食事を進めた。
クリスはというと、引きこもっているわけではなかったが、ロッカーでひとり思い悩んでいた。


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