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樹園のりんご 前編
03

休憩室のカウンター席には、スターズの女性隊員が肩を並べてやや遅い昼食をとっていた。
生憎の雨のため、今日は署内の売店で売っているサンドイッチや惣菜パンで済ますことになった。
最近、天気が不安定なため、ウェスカーの言葉に甘えてナマエが車に乗せてもらうことが増えている。
その分、食事の準備や家事を率先して行っているので、一応は恩返ししているつもりだった。
しかし、いつまでも居候の身でいるわけにはいかない。
ウェスカーは条件の揃った物件が見つかるまで居て良いと言ってくれたが、と考え事をしつつ紙パックに差し込んだストローを口に含むナマエは、ジルとレベッカの会話に耳を傾けた。

「そういえば、海兵隊員の彼は元気なの?」
「はい!忙しくてあまり会えないですけど……その分、帰ってくる日は嬉しくて」

年頃の女性が集まれば自然とこういった話題になるものだ。
レベッカの歳の離れた恋人は、彼女をとても大切にしている。
それは、彼女の話す内容や表情からも伝わってきた。
ジルも恋人との写真をデスクに置いている。
ナマエは、二人の恋愛話を聞くのが嫌いではなかった。
むしろ、自分にはない類の幸せな話を聞いていると、こちらも穏やかな気持ちになれた。
これが愚痴中心だったら嫌気が差していただろうが。

「ナマエは恋の予感とかないの?」
「……さっぱり」

話題が今度は自分に向けられたが、ナマエはそう言って苦笑するしかなかった。

「じゃあ、好みのタイプは?」
「うーん、優しいけど内も外も強い人かな?何かあった時に逃げ腰なのはちょっと……」
「そこ大事ですよね!職場の男性に慣れてしまうと、その辺の人が柔に見えませんか」
「それはある。ここは優秀な人も多いし」
「確かにその辺のより私のが強いって思うことはあるわね。恋人はいろんな意味で強く逞しい方がいいわ」

自分の言ったことに予想以上に賛同が得られ、案外皆もそのように思っていることがわかると、何となく安心する。
しかし、それなのにナマエだけ恋人がいないこともまた事実だった。

「となると、ナマエの恋人候補は案外近くにいるかもしれませんよー」
「えー、ホントに?」

話に花が咲いてもう少し息抜きをしていたかったが、腕時計を見たナマエはハッとした。
仕事が立て込んでおり、ここ数日は遅くまで残業続きだったのだ。
今日も昼休みを早めに切り上げないと後が辛い。

「ごめん、お先に」
「お疲れ様です」
「またオフィスでね」

昼食のゴミを片付けながら、ナマエはバタバタと休憩室を後にした。

「ナマエは良くも悪くも真面目だから。無理して体壊さないか、時々心配になるわ」
「仕事熱心ですもんね、尊敬します。あ!」

突然、何か思い出したように焦るレベッカに、ジルはどうしたのか尋ねた。
聞くと、実験器具を洗い場に置いたままにしているらしい。
ナマエに続き、彼女も急いで休憩室を出ていった。
ジルは、そういえば久しくナマエと飲みに行っていないことに気づき、彼女の仕事が一段落したら誘ってみようと思った。


ナマエの溜め息が他に誰もいなくなったオフィスに吸い込まれていった。
目の前の端末を操作し、出来上がった報告書の出力を始める。
ここまでがとても長かった。
今回の残留物はなかなか特定することができず、故にその先の解析に進むのも計画より大幅に遅れてしまった。
しかし、事件や事故は待ってはくれないので、新たな被害が出ることを防ぐためにも報告書の完成まで一刻の猶予も許されなかった。

「これでやっと、ウイルス流出が証明できる……」

報告書の印刷を待つ間、ナマエは椅子の背もたれに寄りかかり目一杯伸びをした。
最近の残業のせいか、肩凝りによる頭痛が酷かった。
しかし、もう一日頑張れば休日である。
ナマエは自身に活を入れて報告書をファイルに綴じた。
そして、ついたままの端末でバスの時刻表を調べる。
もう少し待っていれば、マンション最寄りのバス停まで帰れることがわかり安堵した。
自転車ではない今日、雨の中歩いて帰るのは出来れば避けたかったのだ。
ノロノロと帰り支度をしていると、背後でオフィスのドアが開く音がした。
驚いたナマエが振り返ると、そこには私服のウェスカーが立っていた。

「隊長!」
「報告書は上がったのか」
「はい。え、でも……もう帰ったとばかり」
「ああ、帰ったぞ」

その返事にナマエはきょとんとする。

「こんな遅く、しかも雨の中、例えバス停からでも部下を歩いて帰らせるわけにはいかん」
「ええ!?すみません、迎えにきて下さったんですか!」

きっぱりと言い切るウェスカーに、ナマエは急いでデスクの上の私物をかき集めて鞄に詰め込んだ。
ウェスカーが押さえていたドアから一礼をして廊下へ出る。
地下の駐車場までの階段を下りながら二人は会話を続けた。

「実は、一旦帰ったのは夕飯の仕込みをするためでもあった」
「最近、手抜きですみません」
「いや、気にすることはない。それに、基本が出来てるから料理の腕は心配はいらんだろう」
「料理は?」
「料理は、だ。片付けはなってない。クリスといい勝負だ。奴と違ってオフィスのデスクは綺麗なのにな」
「反論の余地無しです」

駐車場に外の雨音と二人の足音が響く。
助手席に乗り込んだナマエはシートに身を預けてシートベルトを締めた。

「それで、帰って何を作ってたんです?」
「残業疲れの部下にスタミナをつけるための肉料理だ」
「おお!聞いただけで元気が出ましたよ」

駐車場を出ると激しい雨が地面に打ち付けていた。
少しでも歩いていたら足元がぐしょぐしょになっていただろう。
腹を空かせたナマエを乗せて、警察署前の停留所に停まったバスを追い越して帰路に就いた。


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