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樹園のりんご 前編
02

本棚が並ぶ書斎で、紙を捲る音に混じって明らかに寝息と思われる息遣いが空気を震わせていた。
読書をしているのはウェスカーで、ゆったりとした肘掛け椅子にもたれ優雅にコーヒーを啜っている。
一方、腰の高さ程に創られた畳の間に靴を脱いで上がっていたナマエは、読書そっちのけで薄いクッションにも見える座布団を枕に居眠りをしていた。
ごろりと寝返りをうつ彼女を横目で見ていたウェスカーは、溜め息をついて静かに本を閉じた。
一度、書斎を後にしてどこからか戻ってくると、その手には薄手のタオルケットが握られていた。
そして、それをナマエの腹に掛けると再び肘掛け椅子に体を沈め本を開いた。

「隊長」
「すまない、起こしたか」

自分を呼ぶ声に、返事をしながら顔を上げると、彼は目を細めた。
確かに呼ばれたはずだったが、その声を発した本人は未だに眠っている。

「寝言、なのか」
「ちがう……」

独り言で呟いたつもりが、ナマエから返事があったことに彼はますます困惑した。
思わず手にした本を置いて立ち上がり、寝転がる彼女をまじまじと見下ろした。

「隊長はありえない」
「何の話だ」

試しに話しかけてみたが、今度は反応がなかった。
やはり寝ているらしい。
下らないことをしてしまったとウェスカーは自分を恥じて、畳に座ってすっかり冷めたコーヒーを飲み干した。
寝てしまった彼女は何を読んでいたのか見てみれば、爆発物処理関係の解説書だった。
興味を持つのは結構なことだが、専門書となるとそれなりに知識がないと読みづらかったのだろう。
眠たくなったことにも納得がいく。
その本をパラパラと流し読みしていると、横でまた彼女が寝返りをうった。
畳が心地よいのか、寝ていても嬉しそうに表情が緩んでいる。

「呑気なやつだな」
「クリス」
「……」

思いもよらない名前が出てきたことに彼は驚いた。
そして、寝言を聞いていた自分に罪悪感がほんの少し。
しかし、先程の寝言といい恐らくは職場の夢でも見ているのだろうと、自分を納得させた。
何しろ、このナマエがクリスのことをこんなに嬉しそうに呼ぶこと自体、現実では想像できなかったからだ。
あれこれ思考していると、うっすらと瞼を開けた彼女と目が合ってしまった。
幸い、彼女はまだ寝ぼけているようで緩慢な動作で起き上がる。

「何の夢を見た」
「……クリスがバナナシェイク奢ってくれました」

緩んだ表情の理由は思ったより単純明快だ。
むしろ、食べ物に釣られるナマエそのものが単純だと半ば呆れてウェスカーは何度目かの溜め息をついたのだった。


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