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step by step
temperature

退屈していた私に、ハンクさんは女性の部下を紹介してくれた。
彼女とは初めて会ったその時から、話が合って気持ちも明るくなれた。
気になっていたことも彼女に聞けて、ハンクさんも実は優しい人なのかもしれないと思い、ビビっていた自分が馬鹿みたいだった。
本当のことを言えば、軟禁されていた部屋に入ってきたハンクさんを見た瞬間恐怖を抱いたものの、手早く手当てをし、その後は怪我ひとつなく脱出させてくれた彼に感謝以上の気持ちが芽生えていた。
しかし、そうは言っても痛かろうが消毒を続けたりする一面もあったので、今でも反射的にビクビクしてしまう。
今日は過酷な任務に就いている彼らと他愛ない話ができて嬉しかったのたが、私が対価のことを言い出したら場の空気が変わってしまった。
何故かフォーアイズはこの話を知らなかったようで、一緒にいてほしかったのに呆れたように病室を出ていった。
しかも、どうも対価は金品のことではないようで、私は訳がわからなかった。
てっきり賄賂のような物だと思っていたのに。
重々しい空気に、思わず彼から視線を反らしてしまう。
こういう状況は大人になった今でも慣れることはない。
どうすれば良いのだろうと考えてしたら、窓際にいた彼はベッド脇の椅子に座り私に向き合った。

「対価として、ミョウジの時間をもらう」

彼の言葉の意味がわからず、返事ができないでいたら、もう一度彼は言った。

「つまり、君の時間を私に割けと言うことだ」

一体何を言われるのかと緊張していた私にとって、彼の要求は想像より余程可愛らしい物だった。
まあ、金品以外に想像がつかなかったので、そう言っては語弊があるのだが。
物騒な事件に巻き込まれてしまい、今後、職場に復帰する気も起きなかったため、私は暫く休みをもらって次の仕事を探すつもりでいた。
そのため、当分ハンクさんに割く時間はたっぷりある。
命の恩人でもあるのでお返しするのは当たり前で、金品の用意よりよっぽど容易い御用だと思った。
退院したら少しでもハンクさんの役に立てば良いと浮かれていた。
恐らく顔に出ていただろうし、そういうようなことをハンクさんにも言った。
すると、彼は真顔で驚くようなことを言ったのだ。

「誰が退院してからで良いと言った?」

とてもジョークを言っているようには見えない。
そもそもそいういことは好きではなさそうだ。
つまり、彼は真面目にそう言ったということになる。
しかし、私はあと数日入院しているよう担当医から言われており、彼の思う通りの働きはできない。
何とかしてそれをわかってもらおうと弁解というのもおかしいが、しどろもどろになりながら伝えようとした。
それでもハンクさんは表情を変えず、こちらに近づいてきた。
そして、あろうことか私を抱きしめたのだ。
今日、何度も訳がわからなくなったが、この時は思考すら停止した。
熱だけのせいではなく、体が火照って恥ずかしさのあまり消えたくなった。
無言のままのハンクさんが恐くて、どうすることもできない。
その時、突如ひやりとした感覚が肩甲骨の辺りを這ったため思わず声を上げてしまった。

「傷は何でもないのか」
「大丈夫ですから、や、ハンクさん、離れてください!」

その正体は彼の掌だった。
あの時はいきなりでも声を掛けてからの消毒だったためいくらかマシだったが、今回は前触れなしで男性の手が服の中に入ってきているのにじっとしていられる訳がない。

「腹の腫れも引いたんだな」

今度は反対の手が横っ腹を撫でるものだから、くすぐったくて仕方ない。
さらに、また彼の短髪と髭が首元に当たりそれもチクチクしたりくすぐったかったりで、どうにか腕をほどこうともがいた。
相変わらずハンクさんは冷静に話しかけて来るので、セクハラだとも言えず、それでも必死にやめてほしいと言おうとした。
密着された体を離してもらおうと胸板を押してもビクともしない彼に、ああ鍛えられた肉体って凄いんだな、なんてことを思ってしまう。
暫く抵抗を続けていたら私の言う事が伝わったのか、彼からの圧迫感が緩んだ。
やっと解放される。

「やめろ?では上への報告も撤回だな」

否、私の考えが甘かった。
ハンクさんの言葉に何も言い返せない。
彼は弱味を握っている、そういうことだったのだ。
私は改めて自分の立場を思い知らされた。
彼とは対等にはなれないという現実を突きつけられる。
アンブレラの要求を断って殺されるなんて、そのようなことは絶対に嫌だ。
かといって、要求を飲んで私たちの研究が軍事目的として利用されるのも許しがたい。
その両方を阻止するには、彼の言う事を聞くしか方法がなかった。
少しでも憧れの気持ちを持った人に、このような事をされるのは悲しかった。
しかし、受け入れることしか、要求を飲むことしか私には残されていない。
ハンクさんに顔を覗きこまれ、悲しみからか悔しさからかわからない感情が溢れそうになるのを必死で堪える。

「やめ、ないでください……」

自分でも驚く程上ずって震える声しか出せなかった。
酷く愉快そうに口角を上げる彼に、この人はこれで満足してくれるのだと胸を締め付けられながらも思った。
あの時、軟禁されてからもし研究について同じような要求をされて抵抗していたら殺されていたかもしれない。
一度、死にかけたのだ。
その命の恩人にならどうされても良い。
そう思って噛み締めていた唇から力を抜くと、不意に脳天に温かさを感じた。
自分の置かれた状況とはあまりにもかけ離れた感覚に、その瞬間、我慢していた涙が堰を切ったように溢れ出して止まらなかった。


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