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step by step
value

久々に普通の人間と話をした。
こういう仕事に就いていると、交渉するのに碌な相手はいない。
どこかおかしく、狂ったような奴ばかりを相手にしていた。
もしかしたら自分も狂っているのかもしれないが。
廃墟となった集合住宅から脱出した私たちは、ヘリの到着を待ちながら話をしていた。
彼女、ミョウジは今後自分がどうなるのか心配でならないらしい。
知っていることを話せば思った通り彼女は驚いていた。
軍事利用などという事を二つ返事で了承できる性格ではないのはこの短い間を共に過ごしただけでもわかる。
難しい顔をしているが、差し詰めアンブレラの提案を断ったらどうなるか考えているのだろう。
将に想定通りの質問をされたので、起こりそうなことを返答すれば、彼女は青ざめた。
次に上に掛け合っても良いと言えば、今度は表情が緩む。
見ていて飽きない面白い奴だ。
彼女を病院に放り込んだら、またいつもと同じように任務をこなして碌でもない奴等の相手をすると考えると、この自分には今まで存在しなかった縁なんて物を手放すのが何だか惜しい気がしてしまう。

「その代わり、対価は用意してもらうからな」

そのような気持ちにどう対処するかと考えを巡らせた結果がこれだった。
私の言葉で彼女がまた青ざめた。

「お金、ですか?」
「さあな。私の気分で決める」

救出に成功したんだ、これくらいしても罰は当たらないだろう。


ミョウジが入院して2日経った。
本当ならすぐ退院の予定だったが、過度な緊張下に置かれたからだろうか、急に発熱し休養のために入院期間が延びていた。
あの日、私は病院まで連れて行こうとしたのだが、ヘリの中で操縦士が私の事を死神と言うものだから再び距離を置かれてしまった。
仕方なく、今日は彼女の気晴らしも兼ねて直属ではないが部下の女性隊員を連れて所謂見舞いのために病院を訪ねていた。
弟子に、私が物事に執着するのは珍しいと指摘されたが、全くもってその通りだ。
自分でも笑えてくる。
高々一人の研究者に入れ込むなんて。

「ミョウジ、調子はどうだ」

ノックなしにドアを開けた私を、部下が怪訝そうに見たが気づかない振りをしておいた。
私の声に驚いた彼女の表情はやはり少し引きつっている。
熱で火照った顔にコワイと書いてあった。

「取って喰ったりしない。今日は部下も一緒だ」

彼女が小さく何か言ったが、私は構わず部下を呼んだ。
同性だからだろうか、彼女が部下の姿を視界に入れるとその瞳が少し明るくなったように見えた。

「はじめまして……!」
「アルファリーダーから話は聞いている。大変な目に遭ったみたいだな」

それぞれ軽く自己紹介のようなことをして、もう二人は何やら話し込み始めた。
ベッドに潜っていた彼女は起き上がってそこに腰かけたので、熱も大した物ではないと見える。
やはり女性の部下を連れてきて正解だったようだ。
その部下というのはウイルス学に長けており、また日系でもあるので彼女と何処か通じる物があるだろうと思い今回の話をしたのだ。
任務ではなくプライベートとして着いてきてくれるか頼んだところ、部下も彼女に興味を持ったようで案外すんなりと引き受けてくれた。

「確かに白衣は大事だ」
「どうせ着るならスタイリッシュな方が良いもんね」
「ああ、機能性とデザインを兼ね備えてるなら多少高価でも構わない」

早くも盛り上がっており、私は窓際で携帯端末を操作すると見せ掛けて彼女たちの話に耳を傾けた。
ちなみに端末の電源はちきんと切ってあるので心配は無用だ。

「フォーアイズも、その……仕事の時はマスクするの?」
「口元だけだが私も着けてる。アルファリーダーは顔が全く見えないから、助けに来たときは怖かっただろ」

うん、と返事をする彼女に思わず苦笑が浮かぶ。
今やあれは私の一部のようなものなので今さら変えようがないが、そのうち見慣れてくれればそれで良い。

「あ、あとね、ハンクさんって死神なの?」

小声で聞いているようだが、丸聞こえである。
やはり彼女はあの時のやりとりを気にしていたか。
確かに死神なんて呼ばれている奴に借りを作ったなんて考えたら気にもなるだろう。

「答えに困るな……アルファリーダーは優秀で実力もありいくつもの高難度任務から生還してきた。彼以外は全滅なんてことも珍しくない。それ故、尊敬する者もいれば畏怖の念を抱く者もいる。死神と呼ばれるにはそういう経緯があるんだと思う」
「へえ……」
「まあ、ナマエには関係ないことだ。ナマエの見てきたアルファリーダーの姿が彼そのものだと受け入れれば良いだろう。他人の言うこと等大して気に留めることもない」

良い部下を持った、その一言に尽きる。
弟子には悪いが、今日のフォーアイズはかなり良い働きを自然体でしてくれている。
それは、ミョウジの気晴らしにも大きく貢献していた。
微かな風に揺れる白いカーテンの間から差し込む柔らかい日差しが二人の女性を包んでいる。
暗闇での隠密活動に慣れているため、良く日の当たるこの病室にいるのがちぐはぐな感じがしたが、こうした日もたまには良いだろう。

「ハンクさん!」

私の視線に気がついたのか、彼女が声を掛けてきた。

「対価の、こと、なんですが……」

ミョウジの言葉にベッド脇の椅子に座るフォーアイズが何のことだと言いたげな視線を送ってくるが、さてどうしたものか。

「命を救っていただいて感謝しています。本当です。でも大金とか……ハンクさんに満足してもらえる物を私は持っていません」

不安そうに目を伏せる彼女は光の加減のせいかとても儚げに見えた。

「言っただろ、私の気分で決めると」
「そうですけど……」
「上の報告は済ませてあるから、身の危険は今のところ考えなくて構わない」
「ありがとうございます、ってもう済んでるんですか!?お金……!」

混乱しそうなのを見かねたフォーアイズが、何があったのかを彼女に訪ねた。
事の詳細を聞いた優秀な部下は、あろうことか私を射るような目で睨んできた。
ミョウジはこのただならぬ雰囲気に困惑しながらも口を開いた。

「あ、れ……ハンクさんから話は聞いていたんじゃ?」
「上への報告内容は聞いた。だが、対価というのは初耳だ」

私から視線を逸らさずかつ胡散臭そうにそう言い放った。
大体のことは察している気配を感じたが、そこは精鋭デルタチーム所属の隊員なだけはある。

「アルファリーダーも案外姑息な手を使うんだな」
「私も人間だ」
「だったら尚更ハッキリ言えば良い」
「わかったような口を聞くな」

相変わらず窓からの日差しは途切れないのに、病室の空気は明らかに重くなった。
ここまでフォーアイズの察しが良いのは私の想定の範疇を少し越えていた。

「待って、二人ともどうしたの?お金なら必ず用意するから……」
「違う」
「え……?」
「アルファリーダーは金目当てに言ってるんじゃない」

これ以上は自分で言えと、フォーアイズが目を細めて私を見据えた。
そして、ミョウジにまた見舞いに来ると言ってさっさと病室を後にした。
残された私と彼女は無言で見つめあったまま。
カーテンのはためく音がするだけだ。
居たたまれなくなったのか、遂に彼女は視線を泳がし始めた。
そのオロオロとした様子が、原因が自分なことも含めていじらしかった。

「お金はいらないんですか……」

掛け布団を強く握り締めて彼女はそれだけ呟いた。

「そうだ。現金などいらん」
「でも私、宝石とか絵画なんかも持ってません!」

金目当てではないと部下が言ったのに、彼女とのやり取りはどこが噛み合わない。
ここはもう腹を据えるしかない。
後がないと言った表情をしている彼女だったが、それは私も同じだ。
窓際から清潔なベッドに歩みより、先程まで部下が腰かけていた椅子に私も座った。

「対価として、ミョウジの時間をもらう」

何を言われているのかわかっていない彼女の間の抜けた顔に、久々に恥という感情が沸き上がった。

「つまり、君の時間を私に割けと言うことだ」
「……そんなことで構わないんですか?」

諸々の手続きで当分休職するつもりなので平気です、等とのうのうと言うものだから拍子抜けもいいところだ。
自分で何とかできる範囲の要求に安心したのだろうか、彼女はあれほどビクついていた私に微笑みすら見せた。

「熱が下がれば退院なので、そしたら雑務でも何でも、何なりとどうぞ」

ハンクさんの代わりに任務はできませんが、と言いながらふにゃりと笑う彼女は、私の男としてのプライドに火を着けた。
相手は要求を飲んだのだ。
これを利用しない手はない。

「思っていたよりハンクさんは優しいんですね」
「誰が退院してからで良いと言った?」

真顔で言えば、彼女の笑顔も凍る。

「でも私、病院から出られないし、できることも余計限られて……」
「案ずることはない」

妙なジェスチャーをしながら慌てる彼女の動きを封じるよう、有無を言わせる前に抱きしめた。
座ったまま腕の中で固まってしまった彼女との距離は、あの時の応急処置よりも近いかもしれない。
そういえば、背中の切り傷や脇腹の内出血は癒えたのだろうか。
彼女が何も言えないのを良い事に、処置の時と同様に肩に顎を乗せて、しかし断りなく無言で襟から手を突っ込んだ。

「うわああ!」
「傷は何でもないのか」
「大丈夫ですから、や、ハンクさん、離れてください!」
「腹の腫れも引いたんだな」
「もう、ほんと、くすぐった……やめっ」

寝間着の中を弄れば、流石のミョウジも身を捩って抵抗してきた。

「やめろ?では上への報告も撤回だな」

必死で私の胸を押し返していた彼女の手からの小さな圧力が途切れた。
両肩に手を添えて顔を覗きこめば、それはそれは悔しそうに唇を噛んでいる。
今にも零れそうな涙を堪える姿がたまらなく愛らしかった。


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