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難信号
抗体

出掛ける日に限ってこのような大雨だなんて、ツイてない。
一応、人と会う約束なので、念入りに身だしなみを整えたものの湿気のせいでその成果は半減だ。
足元も、地面に叩き付ける大粒の雨ですっかり濡れてしまった。
もともと乗り気ではなかったこの外出がさらに億劫になる。
しかし、もう待ち合わせの喫茶店はすぐそこだ。
数日前のエイダとの会話を思い出し、私は小さく溜め息をついた。



「ナマエ、貴女に会わせたい人がいるんだけど」

仕事から帰ってくるなり、エイダは私にそう言った。
聞けばそれは男性を紹介するとのことで、私は身構えてしまった。

「でも私、そういうのは……」
「とりあえずで良いから会ってみてほしいの。それでナマエが合わないって思ったなら私の気も済むわ」

すぐに恋人同士になれって訳じゃないから、と言うエイダに私もしぶしぶ了承してしまったのだ。
どうやら彼女は相手の男性が私との相性が良さそうとのことで紹介したいそうだった。



目の前を過る自動車をぼんやり眺めながら、男性の紹介か、と思うとふとレオンさんのことを思い出した。
彼との出会いはアシュリーの紹介だったが、何だかんだで今はだいぶ打ち解けた仲になっていた。
クレアの家でのちょっとしたパーティで同席した時はあまりの偶然に驚いたが、一緒にあそんであそこまではしゃげるとは思ってもみなかった。
結構、恥ずかしい状況にもなったが間近で男性特有の強さのようなものを彼から感じてしまい、異性として意識せざるを得なくなった。
自分にはない逞しい筋肉やエージェントらしい機敏な動きにときめいてしまったのもまた事実で、これから知らない男性に会うのかと思うとエイダには悪いがそれならレオンさんが良いと思ってしまった。
彼とどうなりたいといった願望は今のところなかったが、初めて会ったときの過剰なスキンシップへの嫌悪を思うと、このような気持ちの変化が訪れた自分が可笑しくて思わず自嘲が漏れた。
水を含んだ傘を畳んで店先の傘立てに置くと、喫茶店に入ってエイダの姿を探す。
この国では少し珍しい自分と同じ色の黒い髪の女性を見つけると、私は歩調を早めた。
彼女の向かいには既に男性が座っており、後ろ姿しか見えなかったが金髪で背も私より大きいのがなんとなくわかる。
またレオンさんのことを思い出してしまい、いけないと思い深呼吸をしてから足を進めた。
エイダが、近くに来ていた私に気がつき顔を向ける。

「ナマエ、雨大丈夫だった?」
「あ、うん、遅くなりすみません」

男性の顔を見る前に、私は謝罪の言葉を述べて頭を下げた。
紹介するわ、というエイダの声が聞こえたと思ったら、続きは男性によって遮られる。
人生でこの状況は何度目だろう、頭を挙げた私は言葉を失った。

「ナマエ、また会ったな」
「あら、知り合いだったの。それなら邪魔物は退散するわ」

不敵な笑みを浮かべたエイダは私の返事も聞かずに喫茶店を出ていってしまった。
ルイスさん、クレアと続き、レオンさんは自分の身内とまでも知り合いだったのか。
残された私は、先程まで彼女が座っていた椅子に腰かけてレオンさんと向き合った。
彼はどういう気持ちで今日ここに来たのだろう。
相手が私と知って落胆しただろうか。
目の前で微笑む彼の表情からはわからない。

「こんにちは」

驚きの感情は不安に変わり、そう言うのが精一杯だった。




エイダからの提案を断りたかったのが正直な気持ちだった。
今の仕事を理解してくれる人は性別を問わずなかなかおらず、仮に女性と付き合っても休日が不定期なためすぐに関係は終わるのが常だった。
それに、俺には気になる女の子もいるので、会ってほしいと言われて即首を縦に振れる状況ではなかった。
頑なに返事を濁していたが、彼女は一向に引かず何故か良く任務先で遭遇し度々その話をされた物だから、押しに負けて承諾してしまったのだ。
その結果、今日この喫茶店で顔合わせをすることになっていたのだが、悪天候のため約束の時間5分前にもまだ相手の女性は現れなかった。

「なあ、相手も乗り気じゃないんだろ」
「乗り気と言えば嘘になるわね」

そこまでして何故引き合わせようとしているのか謎だったが、穏便に今日を過ごすためにもあまり余計なことを言わないでおこう。
その折り、エイダの視線が俺の頭の上を捉えた。
どうやら相手の女性が到着したようだ。
一言二言言葉を交わしているその声はどこか聞き覚えのあるもので。
テーブルの傍に女性が来たと思ったら、突然頭を下げたから驚いた。
俺のように遅刻したわけでもないのに、と思ったがそんなことはどうでもいい。
今、目の前にいる女性はナマエだったのだ。
エイダと親戚だったなんて聞いていないぞ。
いや、そもそもそんな予想もしていないこと訪ねられるわけがなかった。

「ナマエ、また会ったな」

多分、俺の表情は今とてつもなく緩んでいる。

「あら、知り合いだったの。それなら邪魔物は退散するわ」

エイダの、ナマエをよろしくという視線をしっかり受け止め、俺はナマエに微笑んだ。
複雑な、何とも言えない表情で席についた彼女。
こんにちは、とだけ言うと口をつぐんでしまった。

「君もエイダの押しに負けたのか」
「まあ、そんなところです」

少し表情が和らいだところを見ると、彼女も積極的にだれかと交際したがっていた訳ではないのがわかる。
よかった。
せっかく徐々に親しくなってきたと思っていたのに、他の男に惚れられたら悲しすぎる。

「で、どうするんだ?」

何が?という視線を返してくるナマエに、できるだけ自然に言葉を付け加えた。

「彼女に俺を紹介されたわけだろ。俺は相手の女性がナマエとわかれば俄然アプローチして行く気になった」
「ちょ、話が急すぎません?」

俄に顔を赤らめるナマエは俺の発言に狼狽えていた。
無理矢理、交際を迫るのも好ましくないが、せめてもう少し彼女と会う頻度を増やしたい。
偶然に頼る程、俺も気が長い質ではないし、今日はそれを脱する良いチャンスだった。

「あ、あの……」

ナマエが目を泳がせながら遠慮がちに口を開いた。
「本当のことを言うと、今日知らない人に会うならレオンさんに会いたいと思っていました。いつの間にかレオンさんのこと……気になってたみたいです」
「……俺もだ」

尤も俺はアシュリーからナマエのことを聞かされた時から気にはなっていたのだが。
彼女の口からそのようなことを聞けるとは思ってもいなかったので嬉しさのあまり、脈が早くなっているのが他人事のようにも感じられた。

「これからは……ちゃんと約束して会いましょう」
「そうだな、よろしく頼むよ」

照れてはいたが、前に会ったときのようにキラキラした笑顔のナマエを目の前にして俺の緊張も一気に解けた。
自分から話す気はなかったが、この展開を知ったら皆驚くだろうな。

「そういえば、足元濡れてたけど大丈夫か」
「あ、平気ですよ」
「今日は生憎の悪天候だしな……家まで送るし、また別の日にゆっくり会った方が」
「大丈夫です!あの、もう少しお話しませんか。この前のBBQのこととか……それに、レオンさんのお仕事のことも知りたいです」

彼女の勢いに面食らったが、俺は何とも言えない幸福感に満たされて了承の返事をした。
今日は君のこともたくさん教えてほしい。


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