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難信号
免疫

淡い色で塗られた爪を乾かすためにじっとしていると、今ちょうど同じように塗り終わったアシュリーが小さな瓶の蓋を閉めて楽しそうに話をふってきた。

「ナマエ、塗るの上手くなったわね」
「でしょ?」

少し前までは色気も何もなかった私だが、こうしてアシュリーに誘われてメイクやらお洒落やらを教授されるようになってからはなんとなくその楽しさがわかるようになってきた。
自己満足に過ぎないのだが、こうして可愛い物に触れていると自然と気持ちも弾むのだ。

「恋人はできたりしないの?」
「ぜーんぜん。興味ないし、アシュリーとこうしてる方が楽しいもん」
「そこは相変わらずなのね」

そんなことを言うアシュリーも特定の男性と交際しているわけではなかったが、彼女の場合はそこらの女の子とは少し訳が違う。
私の知らない広い人間関係を持っているので心配はないのだろう。
当の私はというと、やはり恋愛事にはそこまで興味がなく、できたらいいくらいにしか思っておらず、強いて自分から何か行動して交際に持っていくことはなかった。
心惹かれる男性が現れれば、話は変わってくるのだろうけれども。
そんな私を少しだけ不満そうに見ていた彼女は、何か思い出したように新しく話を始めた。

「最近ね、ここに新しく派遣されてきた人がいるの」

話によると、彼女たち家族の護衛に当たる人が国から派遣され、どうやらその人は私たちとも年が近く、それでいて有能なので私にも紹介したいということだった。
凄い人なのはわかったが、私に紹介はしなくても……と言いかけたものの、アシュリーは譲らなかった。

「それに、私がナマエのことを話したら、彼、結構興味津々だったのよ」
「え、ちょっと、何話したのさ」
「うーん、ナマエと私がどれだけ仲良しかってこと!」
「もう、照れるなあ」

何て言いながら私たちは笑い合った。
心の片隅で、こうしたやり取りはアシュリーが同性だから楽しいんだろうなと思い、エージェントさんと顔を合わせるのを少しだけ億劫に感じてしまった。
マニキュアがすっかり乾いた頃、そのエージェントさんに宛がわれた自室を訪ねることになった。
一応、最後の抵抗として、せっかくのオフの日に訪ねるのは迷惑じゃないかと言ってみたが、彼女は大丈夫の一点張り。
私は諦めて彼女の後ろを付いていくしかなかった。
廊下で繋がってはいたが、大統領一家の居住区から少し離れたところに彼の部屋はあった。
アシュリーが何の躊躇もなくノックすると、間も無くそのドアが内側に開いた。

「急用か?」
「ええ、前に話したナマエを紹介するわ」
「ちょっと待っててくれ」

私は慌てて彼女の肩を突っつくが、それは華麗に流されエージェントさんは一度部屋に戻っていった。

「アシュリー!」
「彼、喜んでるみたいよ」
「どこがよ、驚いてたじゃない」

何だかんだ言い合っていると、彼が再びドアを開けて現れた。
お休み中の訪問なんて申し訳なさすぎてろくに顔も見られない。

「そういうことだから、夕食まで彼といてくれないかしら」

有無を言わせない彼女の笑顔が私の顔を覗き込んだ。

「え?」

ますます混乱してきた。
いつの間にか話が進んでいたようで、私はひとり取り残されている。
何も聞く時間もなく、アシュリーはひらひらと手を振って私たちを残して去ってしまったのだ。

「スピーチの原稿の推敲をすると言っていた」

エージェントさんの声に私は慌てて振り向く。
……そういうことか。
彼女はきっと、最初からこうするつもりだったんだ。
一本取られたと思いつつ、未だ顔を直視できないまま彼に謝罪を述べた。

「あの、急にすみません。しかもお休みの日に……」
「いいんだ。君の話はアシュリーからよく聞いていて、一度会ってみたいと思ってたから。……ナマエ?」

名前を呼ばれてはっとする。
思わず顔を上げてしまったが、オーバーリアクションだったかもしれない。
いきなりそんな態度を取ったからか彼が不思議そうな表情をしていたが、そもそも私は彼の名前を知らなかったのだ。

「えっと……その、」
「ああ、悪い。レオン・ケネディだ」

察した彼はそう言って笑顔で片手を出してくれた。
私も改めて自分の名前を言って握手に応じた。
そして、おそらく顔には出ていなかったと思いたいが、初めてきちんと視線を合わせてみてその彼の端正な顔立ちに息を飲んでしまった。
異性に目を奪われるなんていつぶりだろう。
こんなことなら爪だけでなく、もっとちゃんとお洒落をしておけば良かった。

---

まさか今日、アシュリーからナマエを紹介されるとは思ってもいなかった。
勤務中よりもラフな格好だった俺は急いでいつものアサルトシャツ等を着込み、髭の剃り残しがないか洗面所で確認すると彼女らの待つ廊下へ向かった。
アシュリーの後ろで縮こまってる彼女は、話に聞いていた感じとは少し印象が違うようだが、初対面ならそんなものかとも思い、アシュリーの根回しによりふたりになったところで俺は彼女に声をかけた。

「あの、急にすみません。しかもお休みの日に……」
「いいんだ。君の話はアシュリーからよく聞いていて、一度会ってみたいと思ってたから。……ナマエ?」

いきなり謝るなんて、礼儀正しい子だ。
そういえば、俺は彼女の名前を知っているが、彼女は俺の名前を聞いているのだろうか。
思わず呼んでしまってからそんなことを思い出したら、案の定ナマエは困った様子で言葉に詰まっていた。
やっと顔を上げてくれたことに安堵したが、それよりも本当に彼女が恋愛事に興味がないのか疑問が沸いた。
アシュリーから聞いたことなので偽りではないと思うが、それならば周りの男の目が節穴なだけなのだろう。
名前を告げて手を差し出せば、彼女も笑顔で応じてくれた。
その頬がほんのり赤いのは、少しは意識してくれているのだろうかと自惚れたかったが、アシュリーから彼女はすぐ緊張して顔に出ると聞いていたので余り期待はしないでおこう。
廊下で立ち話もどうかと思い、 然り気無く彼女を中庭にエスコートした。
俺が手を取ると彼女は驚いたと言うより、ありのままを言うとギョッとしたように立ち止まった。

「どうした?」
「レオンさん、手……」
「あそこから外に出られる」

わざと解らないフリをした。
少し強引に手を引けば、彼女も素直についてきてくれてほっとした。
こういうことに、と言っても本当にただのエスコートでしかないのだが、慣れていないナマエの初々しい反応が俺の男心をくすぐってしかたない。
これで空回りしていたら大分悲しいが、とりあえずは彼女と友人くらいにはなりたい。
アシュリーに、「ナマエは難攻不落と言っても過言じゃない」と言われたことを肝に銘じておこう。


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