駆け足でロッカールームに入り、急いで制服に着替える。
R.P.D.と書かれた防弾ベストを装着し、腰にはホルスター。
ハンドガンもしっかり入っている。
今日も一日、街の平和を守るために最善を尽くそう。
自分を一喝し、職場へ向かおうとドアを開けた。
「おはよう」
「わあ!」
びっくりした。
廊下に出た瞬間、いきなり挨拶をされたのだ。
そこに立っていたのは、同期のレオンだった。
整った顔立ちで微笑みながら私の方を見つめている。
やめてよ、ドキドキしちゃうって。
「どうしたの?」
「今夜、俺と食事に行かないか?」
「え……」
「予定が空いてれば朝まで付き合ってほしい」
「え!?」
本当に、いきなりどうしたの!?
私が返事に困っていてもそんなことはお構いなしで、じりじりと壁際まで迫ってきた。
ちょっと、近いよ!
綺麗なブルーの瞳で見つめられたら、恥ずかしくても逸らせない。
彼の手のひらが私の頬に触れようとしたその時、誰かが私の名前を呼んだ。
「朝っぱらから何やってるんだ!」
その声の主はクリスだった。
あのスターズに所属している、射撃の腕はピカイチの彼。
クリスの登場にレオンは小さく舌打ちをするが、流されそうになっていた私にとってはありがたかった。
そりゃあ、レオンはかっこいいけどさ、こんなの急すぎて訳がわからないよ。
「クリスこそ何のようだ」
「ああ、レオンに用はないさ」
嫌味なくらい爽やかな笑顔でレオンにそう告げたクリスは、彼を押しのけ私の方に一歩踏み出た。
少々悔しそうに眉間に皺を寄せるレオンは、それでも十分かっこいい……じゃなかった。
こういう時、新米は強く出られないから辛いよね。
ところで、クリスは私に用があるってこと?
「私?」
「そう。今日、定時だろ?その後、ドライブでもどうかと思って」
「え、ジル……は?」
「さあ?今日も残業か射撃の練習でもしてから帰るんじゃないか?」
「いやそうじゃなくて」
「ちょっと待て」
クリス、大丈夫か。
熱でもあるんじゃ……と思ってたらレオンが介入してきた。
いや、介入ではないか、ある意味当事者だし。
って、あああ、なんか睨み合ってる!
そう思っていたのも束の間、遂にロッカールーム前の廊下で大の男二人が子どもの様な口喧嘩を始めてしまった。
「俺が先に食事に誘ってたんだ!」
「それは抜けがけだ!」
「出遅れただけじゃないのか?俺のが早かった!」
「でもイエスをすぐにもらえなかったのは彼女が困っていたからだろう?」
ここで私が下手に口出ししても、火に油を注ぐようなもんだし……。
こんな経験初めてだからどうしたらいいのかわからないよ!
逃げ出したいのが正直なところだが、互いに譲らない二人を放ってそんなことはできない。
朝だし、誰かここを通らないかな……。
もじもじしながら向こうの方を見渡していたら、不意に頭に何かが触れた。
「オフィスにいないと思ったら、こんなところで油を売っていたのか」
その独特な低い声に、私は思わず肩を大げさに揺らしてしまった。
慌てて振り返ると、そこには特注の装備に身を包みサングラスをかけて口角を上げるスターズ隊長の姿があった。
「あ、ぅ、ウェスカーさん!おはようございます!」
敬礼をすれば、当然それを返してくれると思ったが、彼は何を血迷ったのか再び私の頭に手を置いて髪を撫でた。
くすぐったいんですけど、でも振り払ったら後が怖そうで動けない。
背後の二人の殺気が増したような気がするのは勘違いじゃないよね、きっと。
「ここに舞台鑑賞のチケットが2枚ある。賢い君ならこれが何を意味するか理解できるだろう」
レオンとクリスに持ってきました、とかそんなんじゃないわな。
そんなこと言ったら撃ち殺される?
この流れならさすがの私でもわかるよ。
とにかく、頭上のその手をどかしてほしい……。
いい加減、恥ずかしくなってきた。
「あの、ウェスカーさん……?」
「ああ、あいつらか。気にしなくていい。今夜、君をエスコートするのは私だ」
「そんな、私……」
「じゃあこうしよう。これは隊長命令だ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる彼に、遂に私は何も言えなくなった。
ていうか、私は貴方の部下ではないんですが……。
「おい、ウェスカー!職権濫用だ!」
「だから俺が最初に……」
「負け犬が喚くな。みっともないぞ」
鼻を鳴らして嘲笑するウェスカーは、サングラスの奥の鋭い瞳で彼らを一瞥した。
しかし、それに怯むことなくクリスは異議を唱え、レオンは果敢にも私の元にやってきた。
え、これってどこかへ強引に連れて行かれちゃうパターン?
まだ今日の仕事、始めてもいないんだけど。
ああ、私はどうすればいいの。
「って夢を見たの」
「貴女、いつからレオンの同期になったのよ」
にやにやしながら紅茶を啜る私を横目で見ながら、ジルが呆れたように言った。
確かにいい年して痛々しいとは思うけどさ、ちょっと寝不足続きだったんだもの、このくらいの夢は見たっていいはず!
「レオンはともかく、ウェスカーはやめときなさい。趣味悪いわ」
「えー、じゃあじゃあクリスはー?」
にやけながら茶化しても、ジルは顔色ひとつ変えずに「ガサツすぎて問題外よ」と言ってまともに取り合ってくれなかった。
なんだ、つまんないの。
でも、夢でもレオンは素敵だったなあ。
年上の男性も魅力的だけど、やっぱりレオンがかっこいい。
もし本当に迫られたら、流されちゃうのかな。
なんて、馬鹿なことを考えてぼーっとしてたらジルに頬を突かれた。
「今日はショッピングセンターに行くんじゃなかったの?」
「ああ……うん」
そうだった、今日はジルも非番だから付き合ってもらうんだ。
ぼけっとしてる暇はない。
急いで支度しないと。
「ねえ、ジル……」
「今度はなに?」
「ちゃんと渡せるかな……」
「用意する前から何言ってるの。大丈夫よ」
ジルの笑顔に少しだけ安堵する。
こんなことで不安になるなんて自分らしくないのはわかってる。
でも、かっこいいし優しいから、レオンを良く思う女性はたくさんいるだろう。
そうだとしても、もっと彼の近くにいきたかった。
その先を望んでいるわけではないのだが、彼に嫌われたくなかったし、ちょっとでいいから私を意識してほしい。
まだ、気持ちと一緒に何を渡すかは決まっていないけど、レオンに似合う物が見つかるといいな。
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