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クロスロード

S.T.A.R.S.にも夜勤があるがそう頻繁に事件が起きるわけでもないので、俺は暇をもて余していた。
フォレストやバリーと夜勤が被っていれば良かったものの、生憎今夜は隊長のウェスカーとだ。
退屈だったが居眠りするわけにもいかないので(報告書の類はやりたくない)、警察署の見回りでもしてこようと思い、ウェスカーに一言言ってオフィスを抜け出した。
元美術館とだけあって、夜はなんとなく薄気味悪い。
銅像やら剥製やら、昼間見るそれらとはまた違った存在感を醸し出していた。
いつもは気にならない階段も、歩く度にギシギシと音を立てては廊下に響いて消えていく。
敢えてライトを点けずに探索するのも雰囲気があってなかなかだ。
普段あまり行かない1階の、鍵の開いている部屋へと手当たり次第に入っていった。
廊下を曲がると、ドアの硝子越しに煌々と明かりが漏れている部屋を見つけた。
こんな時間まで残業だろうか。
もう真夜中近いのに熱心な警官だな。
好奇心に忠実に従い、そっとドアの前に立って中を覗いてみた。
見るとそこはラボで、外の古くさい内装からは浮いてしまうくらい白い部屋だった。
こんな部署もあったのかと思いながら、廊下から観察していると隅の方に白衣を来た捜査官が座って何やら作業していた。
よくドラマで取り扱われてる科学捜査官ってヤツか?
その捜査官が椅子を引いて足下の方のスイッチを押すと、彼女の前のガラスケースが青く光った。
ブラックライトのようだ。
そして、彼女は腕捲りをした手を頭上に掲げ大きく伸びをすると、椅子をくるりと回転させた。
その時、ドア越しに目が合った。

「うわー!」

時間帯のせいもあるだろう、暗がりに差し込む明かりに照らされた男を顔を見て驚いたのか、彼女は悲鳴に近い声を上げた。

「待て、俺は人間だ!夜勤でここにいるだけだぞ!」

悲鳴に負けないように慌ててラボに入って大声で弁解すると、彼女はやっと気を落ち着かせた。

「ああ……びっくりした」
「すまん。夜勤で上司と缶詰は息が詰まるもんで、ちょっとこの辺を探索してただけなんだ」
「それはまあ、お疲れ様。もうこんな時間か……」

ポケットから腕時計を出して見る彼女の髪がサラリと流れて白衣にかかる。
視線の先の手は彼女の顔や首筋の肌の色よりも赤みが差していて、俺は不思議に思った。

「君も随分遅くまで残ってるんだな」
「まあいろいろとね。気が抜けたら急にお腹が空いちゃった。クリスも何か食べる?」

ラボに隣接しているらしい談話室へと向かう彼女を急いで追いかけた。
今、確かに彼女は俺の名前を呼んだからだ。
こっちは君が誰かもわからないのに。

「ちょっと待ってくれ」
「ん、カップスープは私のだよ?ヌードルならあげるけど」

ポットを再沸騰させている彼女の片手にはインスタントのスープ。
そしてやっぱりその手はなんとなくだけどほんのり赤い。

「俺を知ってるのか」
「内緒」
「俺は君のことを知らない」
「……レベッカがよくここに来るからね、それで」
「そういうことか。それと」

ポットに添えた彼女の腕を取って尋ねた。

「手、赤くなってないか?それなのに……冷えてる」

きょとんとした表情をしていた彼女だったが、すぐに「ああ」とな納得したように訳を説明してくれた。

「あの箱に手を入れるとき、エタノールで消毒するから」

背後のラボを指差し、「私、お酒強くないからさ」と言う彼女に首を傾げる。

「だから皮膚にエタかけると普通の人より赤くなっちゃうの。冷えてるのはあの箱から風が出てくるからだよ。エタが蒸発する時、周りから熱を奪うでしょ」

なるほど、そういうことか。
今度はピンと来ない俺にもわかるように噛み砕いてくれた。
こうしてみると、俺の手よりもだいぶ肌が白いから、それも加わって余計に赤くなったように見えるんだろうな。
そう一人で結論付けてると、もう一度彼女が口を開いた。

「クリスさん、お湯沸いたのに注げないよー」
「あ、わるい」

おどける彼女に思わず笑ってしまった。
そして俺も一緒にインスタントのヌードルを食べさせてもらうことになった。
お茶まで用意してもらってなんだか嬉しくなってくる。
今夜のオフィスではこうはいかなかっただろう。
あそこで腹に入れられるのは精々コーヒーくらいだ。
インスタントでも今の俺にはこれは十分なご馳走だし、夜勤中のこういう飯は何故か特別美味く感じる。
着ていた白衣を脱いで、スープに浮かぶマカロニをスプーンで掬う彼女の横で麺を啜る。

「そういえば名前を聞いてない」
「今度こそ内緒」
「ナマエだろう?」

椅子の背もたれに無造作にかけられた白衣の奥にあるデスクを指した。

「ノートにそう書いてあった」
「……いつの間に」
「お茶汲みの間に」

得意気に言えば、ナマエは悔しそうに口を尖らせた。
そして、彼女はカップを持ったままソファの背もたれに寄りかかった。

「大体ひとりで一服してるけど、こうして話しながら夜食食べるのも楽しい」
「そりゃ光栄だ」
「クリスが暇な時……はあんまりないだろうけど、よかったらまた遊びに来て」
「ああ。今度はナマエの分の夜食も持って訪ねるよ」

ナマエはまた実験を再開して、キリが良い所で仮眠をとると言う。
それなら俺もそろそろお暇しよう。
今度はライトを点けて、来た道を戻る。
気がつくとオフィスを出てきてから2時間近く経っていた。
これは絶対にウェスカーからの小言の嵐が待ってるな。
しかし、ナマエに貰ったキャンディの甘さが心地好く、そんなことは気にならなかった。


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