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トランス

ランチを終えて戻ってきたジルは、相棒からの思わぬ告白に上からタライが降ってきた如くの衝撃を受けていた。
愛だの恋だの、そういった事に関して目の前の筋肉男の口から弱気な言葉が出てくるとは思わなかったのだ。

「もっと彼女のことが知りたい……」
「ナマエならそろそろ書類を持ってくるんじゃない?」

一方的に想いを吐露されたジルはそれくらいしか応えられず、デスクに腰掛けたクリスは小さく溜め息をついた。
そんな彼が物珍しく、ジルは滑稽に見えてしまい吹き出すのを堪えた。

「失礼します」

その時オフィスのドアが開き、聞こえてきた声にクリスが反応した(と言っても弱気なので意識をそちらに向ける程度)。
ジルが言っていた通りにナマエが書類を持ってきたのだ。
レベッカはいるか、との問いにバリーが離席中であることを伝えると、彼に礼を述べたナマエは暫くそこに立っていて、何か考えているようだった。
そんな姿を盗み見ているクリスに、ジルは情けなくて喝でもいれてやろうかと拳に力が入る。
すると、ナマエの背後に不穏な影がチラついた。
クリスは目を見張った。
我らの上司が、ナマエが考え込んでいるのをいいことに、彼女の腰に手を回そうとしているではないか。

鼻の下伸びてるぞウェスカー!!!

横でおろおろしている相棒を面白いものを見るような目で見るジルがなんとも非情だったが、ウェスカーの手が腰に触れた瞬間、事は起こった。

「うぎゃー!」

ナマエの色気のない悲鳴の後、不吉な鈍い音が響いた。
何があったのか理解するのに、そう時間はかからない。
彼女の足元にうずくまるウェスカーに、オフィスにいた皆は冷やかな視線を送った。
驚いて振り向いたナマエの膝蹴りが彼の急所にヒットしたようだ。

「え?うそ!すみません、ウェスカーさん!」
「いや、いいんだナマエ……誤解を招く行為をしてすまなかった……」

図らずもこのような事になってしまったため、ナマエは必死に謝罪している。
驚いてつい足が出てしまったのは彼女の責任ではないのだが。
今しがた戻ってきたレベッカは、ふたりの様子に困惑しながらもジルの傍にやって来た。

「ウェスカーがどさくさに紛れて変なことしようとするからよ」
「隊長ってそんな趣味が……?」
「自業自得ね。まあクリスにとっては良い気味でしょ」

ジルが同意を求めるようにクリスの方を振り返ると、彼は少し興奮しているのかデスクから腰を上げ何やら意気込んでいた。

「俺も……ナマエに蹴られたい」

レベッカだけではなく流石のジルもクリスに引いており、少し離れたところでバリーは呆れていた。

「だからって抱き付かないでくださいー!」

反省を装い実は懲りていなかったウェスカーの左頬に、今度はナマエのフックがめり込む。

「ちょっと、バカなこと言ってないでナマエを助けてきなさいよ!」
「クリスさん、がんばって!」

見かねた女性陣がクリスに発破をかけると、彼も我に返り、「ウェスカー!!」と怒鳴りながらナマエの救助に向かって行った。
ナマエにパンチやらキックやらを喰らって床にへばりつくも、白衣の裾から覗く足首にすがりついて離れようとしないウェスカー。

「ちょ……ほどけない……!?」
「ナマエ、はぁはぁ……たまにはスカートも穿いてみないか?俺が用意しよう」
「こういう変態がいるからおちおちスカートも穿けないんだ!」

クリスがストンプをお見舞いするとウェスカーの手がやっとナマエから離れた。
そして、邪魔者を見るようにクリスを一睨みすると匍匐前進でオフィスから出ていって姿を消した(デスクはこの部屋なのに)。

「ナマエ、助けるのが遅れて悪かった」
「ありがとう、クリス。とっても助かったんだけど、その……」

ナマエはクリスから視線を逸らしてしまった。
何しろ、彼は至近距離でナマエの肩をいつまでもガッチリ掴んでいる。
段々と彼女の頬に赤みが差し、着ている白衣とのコントラストでそれはより一層ハッキリ見えるようになった。

「クリス……私、スキンシップ苦手なんだってば……」

斜め下を向いて、遂にナマエは両手で彼の胸板を押した。
しかし、筋肉隆々のクリスにとってそんな抵抗は屁でもない。
むしろ、自分の目の前で顔を赤らめて恥じらうナマエが愛らしくて仕方なかった。

「ナマエ……ナマエー!!」
「うわぁぁ!」

クリスは彼女を引寄せ、よろめいたところを自身の腕の中にすっぽりと収めた。

「この抱き心地、堪らない」
「クリス!」
「それにいい匂い……」
「待って、くすぐったいよ、クリスってば!」

殴ろうにも両手は塞がり、身を捩っても男性の力には敵わない。
ナマエは足元を見て、もう一度クリスの顔をチラリと見た。
足の甲を思い切り踏みつけ腹に肘鉄でも食らわせれば何とか逃げられそうだが、クリスにそんなことはできなかった(ウェスカーにはやった)。

「クリス、こういうことは誰もいない所でするんだよ……」

離してほしい一心で、ナマエは消え入りそうな声でそう言った。
彼女の酷く恥ずかしそうな表情にクリスの動きはピタリと止まった。
今だ、と思ったナマエは彼の腕をこじ開けようと再び奮闘したが、その作戦も上手くは行かなかった。

「じゃあ仮眠室に行くぞ」
「は!?」
「落ちるといけないから掴まってくれ」
「や、下ろして!ジル!助けてよ!」

すんなりと抱えられたナマエは暴れることもできず、クリスに連れて行かれてしまった。
残された隊員も、まさかこのような事態を誰が予想できただろう。

「ミイラ捕りがミイラになったといいますか……」
「ありゃミイラよりタチ悪いぞ。飢えたゾンビだな」
「小心者なんだか大胆なんだか、訳がわからないわ」

ナマエの生還を願ってはいたが、クリスの直球具合にはほとほと言葉が見つからないようだった。
しかし、ざわついていたオフィスも落ち着いた数十分後、項垂れたクリスが戻ってきて、隊員たちは今度はどうしたんだと目配せした。
ウェスカーがいないので、デスクワークそっちのけでジルが彼の元へと駆け寄った。

「ナマエはどうしたのよ」
「ああ、うん……土下座してきた」

ナマエの泣きそうな顔を見て、理性をおいてけぼりにした自身の行動を詫びたらしい。
幸いにもナマエもそれで安心してくれたようで、何事もなく仕事に戻っていったと言う。
ジルは、迷走しすぎなクリスが些か心配だったがナマエに嫌われたようでもないみたいなので、元気づけるために背中をポンポンと叩いた。

「同じ職場なんだから、挽回するチャンスはすぐに巡ってくるわよ」
「そうだな……しっかりしよう」

いつもの調子を少しだけ取り戻した彼は力無く笑った。

「……失礼します。レベッカ〜」

ほとぼりもさめないそこへ、再びナマエの姿が。
そういえば、本来の目的は書類の受け渡しだった。
彼女はレベッカのデスクに数枚のレポートを置くと、それを指差しながら何やらテキパキと話を始めた。
レベッカは要所要所をメモしながら頷き、一通り話が終わるとふたりは少しばかりの談笑をしていた。

「仕事をする凛々しい姿、時折見せる愛らしい笑顔、なんて魅力的なんだ」
「ナマエのギャップには惹かれるものがあるのよねー」
「俺も生物工学とか医療について勉強しようかな」
「ハーブの調合がやっとのくせによく言うわ」
「クリィィィス!お前に生物工学は向いとらんぞ!!」

バリーがまた面倒なことになるなと溜息をついたときにはすでにオフィスでは火花が散っていた。
ジルとレベッカ、そして一番被害を受けそうなナマエは急いでオフィスを抜け出し休憩室へと避難した。
そして途中、偵察から帰ってきたレオンに会い、不思議そうな顔をした彼に「後はよろしく」と言って片手を上げて擦れ違った。
何も知らない彼がオフィスに戻ると、上司と同僚が不毛な争いを繰り広げていた。
奥のデスクに座ってるバリーがヒラヒラと手を振って、このザマだと口パクでレオンに言った。
自分のデスクを見れば積み上げておいたファイルが雪崩を起こしているではないか。
彼女たちに言われた「後はよろしく」の意味を理解した彼は重い足取りでオフィスに入っていった。

「ウェスカー、あんたのはセクハラだ!」
「同じ穴の狢に言われたくはないな」
「少なくとも俺は殴られてない」
「だから何だと言う。俺はナマエの私服チェックが趣味だ」
「隊長失格だろ!」

そんなやり取りを絶えず続けるふたりを見ないフリして、屈んで落ちたファイルを拾っているレオン。

「最近こんなんばっかだ」
「慣れれば気にならなくなるさ」
「それはそれで恐ろしい……なけるぜ」

何かと騒ぎが絶えないオフィスで、ふたりの男がやれやれと肩を落としていた。


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