飛行機、高速バス、地下鉄……乗り物を乗り継いで、街の中心部に到着した。
しかし、路面電車や路線バスは交差しており、初めての土地にさっそく迷子になってしまった。
昨夜交わした親戚との電話のやり取りが鮮明に思い出される。
『仕事で迎えに行けないけど、本当に大丈夫なの?同僚を向かわせようかとも思ったんだけど』
『平気だって!もう大人なんだから。家に着いたらメールするね』
『……わかったわ。鍵はポストの中よ。何かあったら電話して』
素直に彼女の言うことを聞けばよかった。
別の人でもいいから迎えに来てもらっていれば、こんなことにはならなかったのだから。
彼女に電話しようかと思ったが、いくら良いと言われていても仕事中にかけたらきっと迷惑になる。
先程から手元の地図と辺りの景色を見比べているがさっぱりだ。
唯一、遠くの時計塔が見えるお陰で方角だけはわかる。
だが、現在地がわからない。
途方に暮れて彷徨っていると、近くにバス停があったので、停留所の名前を見てみた。
そこには警察署前と表示されている。
よかった、これで場所を聞ける。
何度目かわからないが、また辺りを見回して警察署を探した。
しかし、そのような建物は見つからない。
表示が間違えているとは思えないし、でも警察署も見つからない。
お腹も空いたし、時差ぼけと長旅の疲労で体も限界に近かった。
もういっそのこと電話してしまおうか。
そんな葛藤と闘っていると、近くの交差点の少し向こうに、パトカーが停まっているのが見えた。
ああ、これで本当に場所が聞ける!
結局、警察署はどこにあるのかわからなかったが、パトカーがあるということは警察官が乗っているはずだ。
横断歩道を渡って急いでパトカーの所まで行き、中を覗き込んだ。
期待に胸を躍らせていたが、車内は空っぽ。
とことん運が悪い。
いや、半分は自業自得か。
パトカーの前で立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。
「どうかしたのか?」
驚いて振り向くと、そこには制服を来た警察官が立っていた。
その時、慣れない土地での不安と緊張が、一気に解けた気がした。
目の前の警察官が、窮地を救ってくれた王子様のように見えたのはその疲れのせいだったのかもしれない。
とりあえず、警察官に現状を話し、住所を書いたメモと、必要ないかもしれないが地図を手渡した。
「ここから少し距離があるな」
「あそこに停まるバスで行けませんか?」
「多分、いくつかバスを乗り継がないといけないな。近くまでこれで行った方が早い」
彼は、何ともない様子でパトカーに乗り込み、私にも乗るように合図した。
突然のことに驚き、また勤務時間中だろうに申し訳なく思いあたふたしていると、運転席の窓を開けて「迷子になるのはもう懲り懲りだろ?」と笑った。
そう言われて恥ずかしくて頷くことしかできなかったが、結局、彼の好意に甘えてパトカーに乗せてもらうことにした。
悪いことはしていないが、パトカーに乗るというだけで何と無く姿勢が良くなってしまい、彼に楽にしてていいと言われてまた恥ずかしくなった。
始めのうちは大きな商店や施設が通りに面して立ち並んでおり、彼がそれを説明をしてくれた。
全部は覚えられなかったが、気になった場所には今度行ってみようと思った。
やがて、繁華街から離れると、住宅が多くなってきた。
彼が言うにはもう直ぐ住所の近くに着くらしい。
初対面なのに、警察官だからかとても親切で、目的地に着いてしまうのが名残惜しく感じる程だった。
「地下鉄を降りてあのバス停に着くまでに美術館を見なかったか?」
「あ、はい。結構、大きな美術館ですよね」
「ああ。実はあれがラクーン警察署だ」
思わず大きな声を上げてしまった。
ということは、私はとっくに警察署を見つけていたのだ。
まさかあの大きな建物が警察署だとは。
彼が警察署の経緯を話してくれたが、あの見た目では美術館以外の何物でもない。
正面からきちんと確認しなかった私も悪いのだが。
そうこうしているうちにアパートのある路地に到着した。
たくさんお礼を言って降りると、乗せてもらった時と同じように彼は運転席の窓を開けた。
何だろうと思ってそちらに回り込むと、彼は開いた窓から1枚のカードを差し出した。
「また何か困ったらいつでも連絡してくれ」
微笑んでそれだけ言うと、ハンドルを握って去っていった。
その綺麗な表情に衝撃を受けた私は返事もできずにパトカーを見送るしかなかった。
迷わなければ彼とも巡り合わなかっただろうに、彼の誠実な態度に比べて自分の間抜けさが猛烈に恥ずかしくなった。
手の中のカード……名刺には、当たり前だが名前が書いてある。
レオン、さん。
迷子になるのは御免だが、また彼には会えるだろうか。
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