ルイスさんから受け取ったバインダーをデスクに置いて、私は食堂に向かった。
午前中に案内されたラボには様々な部署があり、昨日は通りすぎただけだったフロアでたくさんの研究員が働いていることを実感した。
初日で緊張していた私に、ルイスさんは軽い調子で受け答えしてくれて大分気持ちが楽になった。
この後はレオンさんとのトレーニングだ。
あまりお腹いっぱいに食べてしまうのも良くないと思い、バランスに気を付けながら腹八分目に抑えて昼食を終えた。
体術の練習なんて初めてのことにドキドキしながらジャージに着替え、私はレオンさんに言われた通りにトレーニングルームに入っていった。
「ナマエ、こっちだ」
ここに入るのは2回目なのに、トレーニングマシンの種類と数、そして何より体を鍛えている隊員達の引き締まった肉体に目を奪われた。
脂肪ばかりの自分が恥ずかしかったので、レオンさんが自分の居場所を教えてくれたのがとてもありがたかった。
「これからよろしくお願いします!」
「ああ、一緒に頑張っていこう」
そう言って握手してくれたレオンさんも、例外無く引き締まった体をしており、間近で見る筋肉の隆起に感動してしまった。
彼は、壁際のベンチに腰かけるように指示すると、今後のプランを見せてくれた。
準備運動から始まり、ウォーキング(徐々にランニングへ移行)、上半身の強化、腰回りの強化、ストレッチという具合である。
「鍛えられる部位やマシンの使い方はやっていくうちに覚えてもらう」
「はい!」
「体を動かすのに慣れてきたら体術や射撃の訓練もやっていくから」
彼は私に必要なことを性格に伝えて立ち上がった。
トレーニング前の準備運動をするらしい。
本格的な運動は久しいので、私はレオンさんの指導の下、念入りに準備運動を行った。
「歩きと走りは基本外で行う。演習林の隣はランニングコースになっているから、今からそこに行くぞ」
コースに着くまでレオンさんは私に歩幅を合わせていてくれたが、ウォーキングが始まるとそれは段違いに大きくなった。
時折、腕時計を確認しているのは正しい速度で歩けているかをチェックしているのだろう。
恐らく素人の私に合わせた速度なのだろうが、それでも運動不足の体には速く感じ、既に息が上がってきた。
「ナマエ、体の動きに合わせながら鼻で呼吸するんだ」
「はいっ」
少しずつスピードに慣れてくると、呼吸も楽になってきた。
それがわかるのか、私がレオンさんの方を見ると彼は微笑みを返してくれた。
「せっかくだし、話でもしながら歩くか」
レオンさんは、私にいろいろなことを聞いた。
学生時代の今まではどういうことをしていたのかや、この組織の印象と言ったことから、趣味や嗜好等の軽い話題など。
それに一生懸命答えていたら息切れしてしまい、思わずふたりで笑い合ったりもした。
レオンさんにも同じようなことを聞き返したら、彼は息ひとつ乱さずたくさんのことを教えてくれた。
任務で行う諜報活動や、少人数で動く潜入調査、日々の訓練や自主トレの話は私にとってまだまだ別世界のようで、尊敬と憧れの気持ちでいっぱいになった。
気持ちよく汗を流した後は、マシンでの筋トレだ。
負荷を一番少なくしているのに、重くてなかなか回数をこなせない。
レオンさんは、無理せずゆっくりで構わないよと励ましてくれたが、力んで真っ赤な顔の私を見ると少しだけ吹き出して冷えた飲み物を手渡した。
まともにできない自分が情けなくて恥ずかしかったが、この期に及んで見栄を張る意味もないので、飲み物を素直に受け取り礼を言った。
最後は今にも悲鳴を上げそうな体をストレッチで解していく。
酷使した筋肉が伸びて気持ち良い。
「明日は筋肉痛、覚悟しておくんだな」
「御最もです……」
「そろそろ定時か」
来た時よりもいくらか人の数が減ったトレーニングルームを見渡したレオンさんがタオルで汗を拭っている。
さっきのマシンでの筋トレも一番重い負荷なのにすぐに目標回数を終えて私の面倒を見てくれたし、私の必死な様子を応援しつつジョークを言ってくれたりもした。
「今日はナマエといろいろ話せてよかったよ」
「私もレオンさんとお話できてとても楽しかったです」
「明日もこの調子でやっていこう」
「はい!」
更衣室の前でレオンさんと別れて私は軽くシャワーを浴びて着替えを済ませた。
体は疲れていたが、精神的には充実していて明日も楽しみになった。
私も体術ができるようになるのかなあと想像すれば、慣れない訓練も頑張れる。
彼の「無理はしないように」という言葉を肝に命じてシャワールームを後にした。
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