ジェットスキーに乗っている俺は、珍しく任務での出来事が堪えていた。
アシュリーを無事に保護し合衆国に戻れるのはめでたいことであるが、手放しで喜べる状況ではなかった。
彼女の捜索のため、地元の警察官の協力を得てヨーロッパの山村に足を踏み入れた俺は、サドラー率いる教団による企みに巻き込まれることとなる。
住民からの襲撃を受けた村を進んで行くと、思いもよらない懐かしい人物と再会した。
ルイスだ。
ナマエから、彼は地元で警察官になったと聞いていたが、どうやら割りに合わないという理由で辞めたらしい。
そして、何故かこの村の廃屋の箪笥に監禁されていた。
ルイスは何度も俺たちの前に現れ、籠城での応戦のサポートをしてくれたり、体内に入れられたプラーガの成長を抑える薬を手渡そうと奔走してくれた。
その行動の理由を、彼は良心の呵責だと言ったが、その時は意味がわからなかった。
彼は初めて会った時と変わらず俺を信頼して援護してくれたし、有力な情報も教えてくれた。
何も知らなかった俺は、あの時と同じように全員でここから脱出できると思っていた。
しかし、サラザールの古城でその希望は絶たれてしまった。
捕らわれたアシュリーを見つけたと思ったら後ろからルイスが追いかけてきた。
彼はサドラーからプラーガのサンプルを奪取したらしくいつものように陽気に俺を呼んだ。
その瞬間、彼はサドラーの触手に胸を貫かれたのだ。
そして、振り落とされたルイスの周りは血の海となり、俺はただ必死に声をかけることしかできなかった。
ルイスは息も途切れ途切れになりながらも、自分がサドラーに雇われていた研究員だったことを明かした。
きっと彼の腕をサドラーも認めていたのだろう。
『あいつは……ナマエは、あんたの事を心から信頼してる……これからもあいつの傍にいてやってくれ……』
遺言のようにそう言うと、ルイスは静かに息を引き取った。
悲しみに浸っている時間はなかった。
俺は、自分の大切な人、そしてナマエの大切な人を奪ったサドラーを許す訳にはいかなかった。
そして、道中で見つけたルイスの研究内容の資料は、彼の軌跡としてナマエに手渡すためにできるだけ丁寧にケースにしまった。
資料を見つけるたびに、彼はこの研究に没頭していたことが感じられた。
寄生虫がどういう機能を持っているのか、俺にはよくわからなかったが、ナマエなら詳しく説明できるのだろうか。
ルイスの言ったことのせいか、こんな状況でも彼女の姿が頭に浮かんだ。
さらに、孤島へ行くボートに乗っている時にも衝撃的な出来事があった。
数年ぶりに再会したエイダは現在、ウェスカーの組織に身を置いているらしい。
相変わらず詳しい事やここにいる目的を明かしてはくれないが、ボートを操縦しながら珍しく彼女の方から話題を振ってきた。
『あの子から目を離してて大丈夫なの?』
『何のことだ』
『空港で、大変だったのよ』
『まさか、ナマエと一緒だったのか!?』
エイダは何か思い出したように含み笑いをしたかと思ったら、突然ハンドル操作を放り出し、フックショットを使ってひとりで島に上陸してしまった。
用があるのは俺とて同じなのに、相変わらず掴み所がない。
それよりも、ナマエとエイダが知り合い同士なのが、寝耳に水でさっぱり状況が飲み込めなかった。
確かに数ヵ月前、ナマエは空港でのバイオハザードに巻き込まれ、屋上にいたところを俺が保護した。
その時、彼女はエイダのことは言っていなかったし、正体を知らなかったとしても誰かと一緒にいたようなことも言ってなかった。
そして腑に落ちないことはもう1つある。
何故、エイダにナマエの心配をされなければならないのだ。
むしろそっちの方が納得がいかず気になった。
今、思えばルイスから死に際に伝えられたのもナマエの傍にいるようにということだった。
俺は端から見てそんなにも頼りないものだろうか。
聞こうにも、ルイスに対してそれは叶わないし、エイダは結局答えてくれずヘリに乗って去っていった。
ジェットスキーに乗り、ハニガンの送ってくれた救助を待つ俺は何度目かわからない溜め息をついた。
アシュリーを連れて帰国すると大統領からは大いに感謝され、その後いつものように報告書を仕上げて提出すると休暇を言い渡された。
しかし、俺にはまだやることが残っている。
すぐにナマエにルイスの訃報を知らせに行くつもりだった。
休日である今日はもしかしたらクリスたちの所にいるかもしれないと思ったので予めメールで連絡を取ったところ、幸いなことに家にいるらしいので俺は帰宅せずにそのまま彼女の家まで車を走らせた。
籠城中のルイスの活躍をふと思い出す。
ガナードにあれだけの数で来られたら、俺ひとりではやられていたかもしれない。
彼の命を救えなかった悔しさに、ハンドルを握る手に力が入った。
ナマエの家に到着すれば庭に駐車するのは毎度のことで、いつもと同じことなのに今日は気が滅入った。
伝えないという選択肢もあったが、いつかは耳に入るかもしれないし、それならば危機を共にした俺の口から事実を話したかった。
職場で整理してきた彼の研究資料を纏めたファイルを手にすると、車を降りて玄関へと歩きだした。
「レオンさん、いらっしゃい」
ドアを開けて、ナマエが顔を出した。
微笑んだ彼女に真実を伝えるのが心苦しい。
しかし、もう決めたことだ。
俺は、多分ひきつった笑顔で彼女に応えると持っていたファイルを手渡した。
「寄生虫?なんですか、これは」
「ルイスの研究していた内容だ。彼は、殺された」
沈黙が流れた。
道を行く人の話し声とか、雲の切れ間の陽射しとか、全てが別の世界のことのように思える間だった。
考えもしなかった俺の言葉に、ナマエは自分の手元のファイルに視線を落としたまま何も言えないでいるようだった。
「詳しい話をさせてくれないか」
そう言って頼むと、彼女は俺を客間に案内した。
堀ごたつに向かい合って座ると、俺は事の経緯を彼女に伝えた。
ナマエは、ルイスが大きな事件に巻き込まれていたことを知り驚いた様子だったが、何も言わずに最後まで聞いてくれた。
「信じられません……」
戸惑うナマエは動揺を隠せず俯いた。
恐らく連絡が取れなくなったころから彼は教団に関わっていたのだろう。
「ルイスは最後までナマエのことを気にしてた」
「え?私……?」
「ナマエの傍にいるよう言われたよ」
小さく笑って言えば、彼女は今までの平静が嘘のように泣き出した。
「人の……心配ばっかりして……もう、話もできなくなっちゃった……」
ふたりの間にどのようなやり取りがあったのか俺は知らない。
しかし、ルイスと俺に信頼関係があったように、そのずっと前から彼とナマエもそのような関係を築いていたのだろう。
受け取ったファイルは気持ちが落ち着いたら読んでみると彼女は言ってくれた。
やはり、あの島に置いたままにしてこなくてよかった。
ナマエが持っていてくれれば何かの役に立つかもしれない。
あとは俺自身がもっとしっかりすることだ。
もう誰かに余計な心配はさせない。
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