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part from daily
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修士課程1年のナマエは、進路に悩んでいた。
博士課程に行ってさらに深い研究をするのもありだとも思う。
しかし、自分のやりたいこととは少し異なる研究を続けていくのも疑問で、それならば企業に勤めたり何か魅力的な研究職を目指した方がいいだろうとも思っていた。
ロイの行っている抗体の研究もナマエを惹きつけてはいたが、なにしろ国立研究所での仕事だ。
彼女にとってあまり近づきたくはない場所で、さらにそこに勤めるとなると健康面や能力の何から何まで管理させられることになる。
向こうにとっては彼女が研究員になるのは思ってもいない収穫になるだろうが、そのような事態は絶対に避けるべきことだ。
抗体医薬を研究している製薬会社もいくつかあるが、ジルの話からそこを選ぶのは賢明ではないだろうし、進路を決めなければならないナマエは悩みが絶えなかった。
その悩みも解決していないある日、ナマエは大学内の保健センターへと来ていた。
体調が悪いだとかそう言ったことではなく、特殊健康診断を受けるためにやってきたのだ。
学年が変わってすぐに健康診断を受け、半年も経っていないのにまた健康診断かと彼女はうんざりしていた。
理系の、特に有機溶剤を使ったり遺伝子組換えの実験を行うような学生はそのための健診を受ける決まりとなっている。
決して前回の健診で何か悪い数値がでた訳ではない。
受付を済ませ先に採尿を終えると、次は血圧測定やら採血やらが待っている。
緊張で心拍数は上昇するし、血管が出にくくてなかなか採血できないナマエは健診が憂鬱で仕方なかった。
そういえば、とルイスに採血と注射をされたことを思い出す。
天性のものなのか、彼はその辺の看護師よりはよっぽど操作が上手かった。
ナマエにとってはレオンが傍にいたことも大きかったのだろう。
案内されたブースに入り、袖を捲った彼女は不安を顔に出さないようにして椅子に座った。
看護師に指示された通りにデスクに左腕を乗せ、処置を待つ。

「今までに採血で気分が悪くなったことは?」
「ありません」
「アルコール消毒は大丈夫?」
「はい」

決まりきったやり取りを交わし、看護師の指先が肘の内側を行ったり来たりする。
それが何度も繰り返されるのは、やはり血管が中々出にくいからで、仕切りを隔てた隣のブースではその間にも学生が次々に採血を終えていた。

「そうね、少しベッドで横になっていてもらえる?」

白衣を着た看護師がベッドのカーテンを開けて、血管の浮かないナマエをそこに誘導した。
今までは通常行われるのと同様にチューブで縛り、手を開閉させてなんとか採血できていたため内心そこまでする看護師に驚いたが、何度も刺されたり痛い思いをするのは勘弁してほしいので素直に従った。
靴を脱いでベッドに横になると、身体を温めるために毛布がかけられる。

「大丈夫よ、リラックスして」

年齢を感じさせない綺麗な顔立ちのその看護師は、ナマエにやさしく微笑んだ。
最初は少し戸惑っていた彼女も、力を抜いてベッドに身体を預けて力を抜いた。
保健センターのベッドのはずだが、マットレスはふかふかしており毛布も肌触りが良く、ナマエはすぐに瞼が重くなった。
アルコールの浸った脱脂綿で患部を拭かれ、ぼんやりと冷たさを感じた。
「ここがいいわね」と言った看護師の声と共に、チクリとした痛みが走る。
必要分の血液を採り、彼女が痕に絆創膏を貼る頃にはナマエはすっかり眠ってしまっていた。
規則正しい寝息を立てる彼女の輪郭に長い指を沿わせ、看護師が呟く。

「この子が、ナマエ・ミョウジ……。抗体を持っているっていうのは本当なのかしら」

カーテンが閉まっていることを確認し、看護師は考え込んだ。
彼女の白衣の胸ポケットにはエイダ・ウォンの文字。
かつてラクーンシティでレオンと行動を共にしたあの女性である。
運良く生き残った彼女は現在、ウェスカーの組織に入り彼の指示の元、暗躍を続けていた。
健診に看護師として紛れ込んでいたのもそのためだ。
潜在的にT-ウイルスの抗体を持っている人間を探し出すのは効率が悪い。
また、安定的なワクチンの生産は成功しておらず、後天的に抗体を持つ人間はナマエ以外にいなかった。
さらにナマエの持つ抗体はマヌエラの体内のベロニカウイルスの不活性化に成功した。
こうしたことからナマエはアンブレラを始めとする生物兵器の開発と取引による莫大な収入を目論む企業から重要視されていた。
彼女を実験体とする目的は、より強力なウイルスを開発するためで、新たなウイルスが体内の抗体を凌ぐかどうかを彼女で確かめるのだ。
ナマエが本当に一般人であれば、すぐにでも誘拐なり拉致されてもおかしくはない状況だったが、彼女を取り巻く人間関係が、アンブレラや同類の企業にとって不都合なため、幸いなことにそれらは未だに大きな動きを取れずにいる。
こうして諜報員が秘密裏に接触を図るのが精一杯だった。

ベッド下の籠に入れられた彼女のコートを、エイダはそっと持ち上げた。
ポケットを探って出てきたのは携帯電話。
ごめんなさいね、と囁いて少しの操作をして手を止める。
彼女の見ているのは着信履歴で、そこにはかつて愛を告げたレオンの名前があった。
未練がある訳ではない。
ただ、ナマエを巡ってレオンと対峙する可能性があることは頭に入れておかねばならない。
互いに違う道を行くのだからそれは仕方のないことだった。
ナマエを見つめるエイダの表情が僅かに陰った。
情報によると大学で事件に巻き込まれたときはまだ21歳だったらしい。
様々な思惑が渦巻くこの裏社会に巻き込まれ、辛いこともたくさんあっただろう。
過去の自分の境遇とレオンという男性との出会いを彼女に重ね合わせてしまい、眠るナマエの髪をやさしく撫でた。
そして、携帯電話をそっとポケットにしまい、コートも籠の中に戻した。
しかし、ナマエの血液の入ったもう1本のチューブはしっかりと小型のケースにしまい任務を遂行した。
そこはプライベートとは別で、仕事である。
長い間、医療機関にかかっていない彼女の血液を入手するにはこれくらいの機会しか残されていないのだ。

「採血はとっくに終わってるわ」

肩をポンポンと軽く叩き、目を覚ますように促した。
うっすらと目を開けたナマエは途端に目を見開き、物凄い勢いで起き上がった。

「そんなに慌てなくても大丈夫よ」
「すみません、私、寝てしまって……!」
「目眩はしない?」

急に起きたナマエを心配してエイダは問いかけたが、彼女は至って大丈夫なようだ。
ベッドから下りて身支度をするとお礼を言って医師の内科診察へと向かった。
背負っているものを思うと庇護欲を駆られるが、彼女がレオンの横で今のようにあたふたしている様を思い浮かべると何だか微笑ましく感じ、エイダはほんのりと口角を上げてナマエの背中を見送った。


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