倉庫と小説兼用 | ナノ





part from daily
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大きく伸びをして力を抜くと姿見をチェックした。
一緒に横を歩いても恥ずかしくないように、いつもより少しいいものを着てみた。
コートのボタンを全てかけると、小さめのショルダーバッグを持って自室を出て階段を降りる。
すると、タイミングを見計らったように家の前の道路からクラクションが鳴るのが聞こえた。

「お母さん!ジルさん来たよー」

母親の返事を確認し、ナマエはブーツを履いてドアを開けた。
すぐそこに停まっている四輪駆動の車両に仰天した。
なんとなくジルのイメージとは合わないような気がしたからだ。
どちらかというとクリス向きのように思える。
そんなことを考えていたら、後から来た母親もナマエに追いつき、彼女は運転席に座るジルに深々とお辞儀をした。
驚いたジルは慌てて車から降りると挨拶を返した。

「その節は娘が大変お世話になって、感謝してもしきれません。その後も度々目をかけていただいて……」

この礼儀正しさを見て育ったのだから、ナマエも全うな人間に成長するだろうなとジルは恐縮しつつもそう感じた。
仕事柄、仲間ですらも信用できるか危ういため、こうして人情に触れると自然と自身の気持ちも穏やかになるものだ。
車に乗り込み、エンジンをかけてハンドルを握る。
走り去る車両をナマエの母が小さく手を振って見送った。

「お母様とは瓜二つなのね」

ふふ、と笑いながらジルが言った。
ナマエは「そんなことないですよ!」なんて言っている。
一人暮らしが長いジルは、温かい家庭を持つミョウジ家を純粋に羨ましいと思った。

「ジルさん、この車って」
「そうそう、私のは点検中でね。クリスに借りたの」

以前、クリスの車を見たときもこんな感じだったと当たり前のことを思い納得した。
今日は、ジルがこちらの支部に来てから見つけたお洒落で美味しいお店に連れて行ってくれる予定だ。
大学の帰りはそのまま自宅に直帰が多いナマエは、家族以外との外食をとても楽しみにしていた。
そんなナマエが信号待ちをしている時に、ちらりと左側を見る。
ジルが不思議そうな顔をして「どうかした?」と尋ねた。

「あ、いや!ジルさん、綺麗だなーって思って、つい……」

真っ赤になってそう言ったナマエに、ジルは思わず吹き出してしまった。
信号が青に変わってペダルを踏み込みながら、彼女は笑いながら応える。

「何かと思ったわよ!真剣な顔で見てるんだもの」

煽てても何も出ないというジルに、「そんな!下心なく本気で思ってます!」と必死で訴えたナマエ。
それを聞いてジルはまた声を上げて笑った。
可笑しなやり取りを続けているうちにレストランへと到着した彼女たちは、すぐ近くの駐車場に車を停めると店内へと入っていった。
昼時には少し早い今の時間はまだ席に余裕が有り、ふたりは4人掛けのテーブルに案内された。
白を基調としたこのレストランは、間接照明がやわらかな印象を演出し、いかにも若い女性に人気がありそうだった。

「せっかくだからランチメニューがいいですね」
「そうね」
「え!これ両方選んでいいんですか……?どれも美味しそうで迷うなあ」

あれこれ言いながらメニューを見ているナマエを微笑ましげに見つめるジルは、自分も何にしようかと手元の写真を見比べていた。
オーダーを済ませてからは、ナマエがジルにスキンケアや綺麗の秘訣を聞いたり(運動と睡眠が彼女の基本らしい)、反対にジルはナマエの研究に興味があるようで(ナマエは大学で植物に病気を引き起こす細菌についての研究をしており、実験が思い通りに進まないことも日常茶飯事らしい)、ふたりの会話は尽きなかった。
テーブルにスープ、サラダ、メインと食事が運ばれてくるとナマエは嬉しそうにニコニコし、それらを美味しそうに食べる姿に、ジルは誘ってよかったと喜びつつ思った。
食事中は、ジルが初めてこのレストランにクリスと来た時に、女性の多い店内で人一倍筋肉質な彼が居心地悪そうにしていたことを話し、その様子を想像したナマエは思わずクスクス笑ってしまった。

「デザートのタルトも美味しかったですね」
「気に入ってもらえてよかったわ」

ふたりが食事を終えたころ、店内もいよいよ本格的に混み合ってきた。
店の外の方まで並んで待っている客もいる。

「あの、ジルさん、もっとお話したいこともあるんですけど……」
「ええ、もちろんよ。家に行きましょう」
「いいんですか!」

口角を上げてそれに応えると、彼女はすかさずサッと伝票を手にした。

「あ……!」
「私が誘ったんだから、気にしないで」

でも、と口篭った後、ナマエは何かひらめいたような表情で、家に邪魔する前に寄ってほしい場所がある、と彼女に頼んだ。
もちろんジルは快諾し、ふたりはコートとバッグを持って会計に向かった。

私設部隊支部の敷地の周りをドライブがてらにぐるりと周り、目的地へと到着する。
ジルの家は隊員用の寮だった。
と言っても見た目は普通の小ぢんまりとしたマンションで、敷地の中にこそあるが支部の建物とは少し離れた場所に建っていた。
聞くところによると、フロアで男女が分かれているらしく(女性隊員は男性程多くはないが)、また任務の都合で隣人と顔を合わせることは少ないそうだ。
たまに開催される慰労会等のイベントで初めて知り合う同僚もいる、なんてこともザラらしい。
さらに、マンションに入るには隊員証が必要で、外部の人間は入館時に名前と顔写真、指紋を記録しなければならない。
ジルの横で名前を入力し、人差し指を専用のセンサーに差し込んで読み込まれるのを待っていると、電子音が聞こえた。

「今ので顔写真もオーケーよ」
「すごい技術とセキュリティーですね……!」
「隊員の入退室も管理されてるの。部屋のドアとここはカードがないと、入るだけじゃなく出ることもできない。世知辛い世の中よね」

ナマエは、ごくごく普通の一戸建てで、セキュリティー会社にも入っていない自分の家がとんでもなく脆弱に思えてしまった。
私設対バイオハザード部隊隊員と比べても仕方ないが、至るところで差が見えてしまい彼女らとの壁に少し落ち込んだ。
ジルの後に続きエレベーターに乗ると彼女の部屋のフロアに到着した。
ここに支部ができたばかりだけあって、内装もとても綺麗だ。

「どうぞ」

彼女の部屋は廊下を歩いた先の一番角で、部屋も一人用だがゆったりとしていた。
適当に座って寛いで、と言われたが異性の部屋でもないのに何だか緊張してしまい、ナマエは空調のボタンを押すジルの傍に言って何か手伝うと申し出た。

「じゃあカップを頼むわ」

ギクシャクした動きでマグカップを受け取ると、ナマエはいそいそとテーブルに運んでいった。

「そういえば、さっきのお店で何を買ったの?見慣れない出で立ちの店舗だったけど」

対面キッチンの向こうから、思い出したようにジルが呼びかける。

「日本のお菓子です。これはどら焼き、こっちはお団子です」

餡や団子の砂糖醤油の説明を聞いたジルは、「日本人は豆や米をこんな風にして食べるのね」と驚いたようだった。
お湯を入れたティーポットと小皿を載せたプレートを持って、ジルもダイニング側に周りナマエの向かい側の椅子を引いて腰掛けた。

「熱いから気をつけて」
「ありがとうございます。はい、どら焼きです」
「いただくわ」

小皿に取り分けられたどら焼きを珍しそうに見つめ、ジルはそれを頬張った。
彼女は「パンケーキみたいな生地だけどしっとりしてる。餡も甘すぎなくて美味しい」と言って一口、また一口と食べ進めた。
それを見て安心したナマエもどら焼きを口に運んだ。
お茶を飲んで落ち着いたところで、ナマエが本題である話を始めた。
話というのは、先日のマヌエラの一件のこと。
最近まで任務だったジルは、流石にそのことは知らなかったようで(マヌエラの管理を国が行なっていたためでもあるが)、かつナマエが自身の危険を顧みずそんなことを行なっていたということに驚愕した。

「それで、その女の子は無事に解放されたのね……」
「はい。もう少ししたらロイさんのお宅を訪ねるつもりです」

この話題でナマエはふと思い出した。
ロイといえばあの研究所でウイルスの抗体について調べていると自ら述べていたことを。
そして、彼はナマエが大学での事件に巻き込まれたこと、何より体内に抗体を保有していることも知っていた。
しかし、ナマエたち生存者があの場からワクチンを持ち出したことまでは知らなかった。
今まで考えたこともなかったが、あの時のワクチンはどうなったのだろう。
ジルならば知っているだろうか。

「あの、私たちが大学から脱出した時のワクチンってどうなったんですか?」

そう問えば、かつてのことをジルも思い出してそれに答えてくれた。
彼女が言うには、病院に着く前にレオンが「ワクチンの確保は自分の任務にはない事項だ」と話したらしい。
きっと機関にそれを持ち帰ったところでろくなことにはならないと考えての発言だろう。
その結果、ジルたちが秘密裏に持ち帰ることになったが、試作品であったことと持ち出してから常温に曝されていた時間が長かったせいでワクチンは変色しており、それに確認の際レオンが気付き、最終的にジルとクリスの手によって焼却されたのだった。
その結末を聞き、ロイが知らなかった理由がわかった。
そして、自分の体内の抗体が重視される理由も把握できた。

「あのウイルスのワクチンの安定した大量生産を実現させるには長い道のりが必要ね」
「本当に、そうですね」

そう言ったなまえの表情はどこか浮かない顔をしていた。
確かにこれからも不安は付きまとうが、どうも様子がおかしい。

「ナマエ、他にも何かあった?」
「……レオンさんのこと、なんですが」

前に会った時も、彼のことで少し思いつめていたようだった。
あのふたりは上手くいっていないのだろうか、それとももっと複雑な何かが絡んでいるのか。
ジルは、ナマエの話に静かに耳を傾けた。

「レオンさんは多分、あの日のことを私が引きずってると思ってるんです」

あの日とは、彼女たちが出会った日。
事件に巻き込まれた日のことだと、ジルにもすぐにわかった。

「きっと、私がレオンさんを頼るのは当たり前だと思ってる。だけど私はそこから独立したい。でも……考えてみたら自分ひとりじゃ何にもできてなくて、今回もレオンさんがいなければ苦しんでるマヌエラの存在を知ることもできなかった」

唇を噛んで悔しそうにするナマエに、かける言葉が見つからない。
ジルは戸惑っていた。
彼女はできる限りのことをやったと思うし、それも人並み以上のことを遣って退けたのだ。

「しかも、何も相談せずに実行してレオンさんを怒らせてしまった。もしかしたら裏切られたって思ってるかもしれません。命の恩人で、いつもあんなに心配してくれた人に何の相談もせずに……」

ナマエ自身、自分のしたことを後悔しているわけではなかった。
ただ、その行いがマヌエラを救った一方でレオンとの間に修復できない溝を作ってしまったのではないかと悩んでいたのだ。
それでも、彼に話せば反対されるのはわかっていたし、いつまでも彼を頼って生きていくわけにはいかない。
こうして今までふたつの反する思いに答えを出せずに葛藤していたが、昨日からある考えに傾いていた。

「でも、もともと生きてる世界が違うから、私のことは裏切り者だと思ってレオンさんはレオンさんの道をこのまま進んでくれれば、とも思うようになったんです。自己中すぎて笑っちゃいますよね……」
「ナマエ……」
「あとは、私が一人前になればいいだけです」

ジルは目の前の彼女に何とか思いとどまってほしかった。
物事をマイナスに捉えすぎている気がしてならない。
しかし、何を思いとどまってほしいのか上手い言葉が探せない。
一度レオンに連絡をとってみるべき?
誰かに頼るのは悪いことではない?
貴女はできる最大限のことをやった?
どれもピンとこない、上辺だけの助言にしか思えなかった。
しかし、このまま彼女を走り続けさせては不味い。
それだけは直感的だが確かに言える。

「ジルさん、もしもの時のために隊員の皆さんにも私の抗体を使ってもらえないでしょうか」

何てことだ、こんなことを言い出すなんて。
あの日、あの場にアンブレラの元研究者がいたというだけで、平和だったはずの彼女の人生が一変した。
ここで引き止めなければますます彼女は深みに嵌ってしまう。
ジルは勢い良く立ち上がり、ナマエ両手を握りしめた。

「貴女の気持ちは十分わたっかわ。でも、ナマエが皆を思って抗体を提供しても、悪用される可能性が大いに有り得るの!……近いうちに私たちNGOは企業から出資を受けることになった。製薬企業連盟からよ。信用しきれないのは目に見えてるでしょ」

より一層強く手を握ると、「お願いだから、自分をもっと大切に思って」と懇願した。
ジルの必死さに、ナマエは狼狽えた。
悪用されるかもしれないが、救える命も増えるかもしれないのだ。
簡単に退けはしないが、強く出ることもできなくなってしまった。

「伝えるか迷ったけど、本気の貴女に隠してても仕方ないから酷かもしれないけど言うわ」

突如、決心したようなジルの鋭い瞳に、ナマエは視線を逸らせなくなり、素直に次の言葉を待つことしができない。

「貴女の名前は思っていた以上に闇ルートに広まっているの」

「どういうことかわかるわよね」と念押しされ、ナマエは目眩がした。
聞きたくない、知りたくない、病院での出来事が蘇る。
それと同時に、自分ことなのに自分で知ることができなかったという歯痒さが辛かった。

「実験体として狙われてる……?」

ジルが静かに頷くと、ナマエは全身の力が抜けて椅子の背もたれにズルリともたれかかった。
手を離してくれないジルのせいで腕だけが真っ直ぐに伸びて何とも無理な体制だ。

「ジルさんたちを頼らないと、生きていけないのかなあ……」

涙声で呟いたナマエのくじけそうな表情に、ジルは胸を締め付けられた。
どうしたら彼女はわかってくれるだろう。
私たちはもっと強いもので結ばれているはずだ。

「ナマエ、レオンも私たちも頼られてるんじゃないわ。そもそも貴女に縋られたことなんてないもの」

じゃあなんだっていうのだ、とでも言いたげに今度は自虐的な笑みを浮かべたナマエの頬をジルは摘んでこう言い放った。

「ナマエもレオンも私もクリスも、打倒ウェスカー、そして第二のラクーン、第二の自分たちを出さないために心から努力してる。これは協力してるって言うのよ」

そして頬から手を離し彼女を両肩に手を置いて微笑んだ。
ナマエの胸の霧が晴れるのに時間はそうかからなかった。


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