倉庫と小説兼用 | ナノ




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何度目かわからないが、鏡を見つめて気合を入れた。
黒のパンツスーツに身を包み、隙を見せないためにも身体に力が入る。
結局、手続きが難航し1ヶ月以上が経ってしまったが、今日、ナマエはレオンに任務で保護した少女の元へと案内してもらうことになっていた。
その少女の名は、マヌエラというらしい。
研究対象として国の監視下に置かれているということで、まだ会ったことすらないのに、ナマエは彼女の身を案じていた。
それと同時に、ある決心をしていた。

家を出て、近くの道路まで出てレオンを待っていると、それを見計らったかのように彼は到着した。
サイドブレーキをかけたのを確認し、軽い挨拶をしながらナマエは助手席に乗り込んだ。
いつもはカジュアルな服装の彼が、今日は任務の一環でもあるため身体にフィットしたTシャツに、薄手のジャケットを来ていた。
雰囲気の異なる彼に、ナマエは一層緊張感が高まった。

「向こうでは、できるだけ俺の目の届くところにいてくれ」
「……わかりました」

単独行動がしたいとか、そういうことではなかったが、レオンがいないと何もできないことや彼に心配をかけている自分がもどかしかった。
焦っても仕方ない。
そう言い聞かせて、ナマエは平静を装った。
そして、これから起きるであろうことを頭の中で思い描いた。
数日前に、レオンから聞いたマヌエラのこと。
彼女の風土病は、父親であるハヴィエによって投与させられたベロニカウイルスにより既に完治していたらしい。
しかし、ウイルスの副作用を免れることはできなかったらしく、臓器移植を続けてなんとかウイルスを馴染ませていたとのことだ。
ウイルスとの融合を果たした彼女が国の監視下かつ研究対象になることは、未知な部分が多いこのウイルスの解明を遂げるため仕方のないことだった。
ベロニカウイルスに適合した者は血液が化学反応によって発火してしまう。
それでもナマエはどうにかして少女を自由の身にしたかった。
まだ会ったこともない少女に対してそう思うのは只の自己満足かもしれないという自覚はあったが、当たり前の生活ができるよう軟禁状態だけでも解除してほしかった。
そのために、ナマエは自分の血液を政府機関に提供しようと決心したのだ。
もちろん犬死する気は更々ない。
T-ウイルスの抗体を持つナマエの血液を用いて血清を作り、マヌエラに抗体を接種するのが目的だった。
Tよりも強毒性の高いベロニカをどこまで失活させられるかはやってみるまでわからないが、同じ始祖ウィルスがベースになっているなら試してみる価値はあるだろう。
自分にできることは、これくらいしか思いつかなかった。
レオンに相談すれば、ナマエの身の安全を優先して絶対に実行を許してくれないと思ったので、話してはいない。
後ろめたい気持ちがないわけではなかったが、仮に、向こうで彼に何を言われてもその決意を折る気はなかった。

「そろそろだ。研究所に到着する」

綺麗に舗装された1本の道が真っ直ぐ続く。
もう敷地には入ったのだろう、前方に大きな建物が見えた。
総合病院を思わせるその建物は、とても大規模な研究所だった。

レオンが受付を済ませると、事務室からひとりの男性が出てきた。
ナマエがちらりとレオンの方を見ると、彼は眉根を寄せている。

「前回の任務のサポーターに今日の案内を頼んだんだが」
「ええ、しかし彼はこちらの施設には疎いものでね。代わりに私、ロイ・メイナードが引き受けたんですよ。よろしく」

彼はレオンよりも一回り半程年が離れているだろうか、人の良さそうな笑みの向こう側に野心がちらついている。
冒頭から予期せぬ事態に見舞われたがナマエは彼と挨拶を交わし、そのまま中へと案内され小さな談話室のような部屋で本題に移った。

「ナマエさん、貴女のことは予め調べさせてもらったよ」
「そうですか、それならば話が早いですね」

張り詰めた空気が二人の周囲に漂った。
下手に口を出せなくなったレオンは、成り行きをただ見ていることしかできない。

「マヌエラに会わせてください。それが叶わないのなら、私はこれで帰ります」
「そう殺気立たなくても貴女を獲って喰ったりはしませんよ。準備はできているので彼女の部屋へ案内しましょう。話はそれからだ」

取ってつけたような笑顔でそう言って席を立ったロイに、ナマエの頬にサッと赤みが差した。
こんなところで焦っていたら、相手の思う壺だ。
奥歯を噛み締めて黙ったまま、彼女も静かに席を立ち、彼の後に続いた。
ロイの言う話とは、やはり政府の機関への勧誘のことなのだろうか。
レオンのサポート役をしていた人の案内だと思っていたこともあり、その点については深く考えていなかった。
しかし、ここまで来て自分のことで後戻りはできない。
まずはマヌエラに会ってみて、彼女がどのような心境なのを理解してから考えることにした。
これで幾つ目のドアだろうか。
やはり彼女に自由は与えられていないようで、研究所の玄関からマヌエラのいる部屋までの道のりは長かった。
無機質な廊下の両端に同じようなっドアが等間隔で続き、あるドアの前で彼が立ち止まった。

「貴女が彼女に何を求めているのか知りませんが、面会時間は45分です」
「ありがとうございます」
「くれぐれも下手な真似はしないでくださいね」

一応警戒はしているらしい彼に部屋に入るよう促されて、ナマエはドアに手を触れた。
すぐ後ろにレオンの気配を感じ振り向くと、案の定、彼は複雑そうな面持ちで何か言いたそうだった。
ナマエは小さく笑い、「ひとりで大丈夫」と言うとそのまま向き直りドアをノックした。
中から控えめな返事が聞こえたので、ナマエはゆっくりとドアを開けるとその中へと足を踏み入れた。

「こんにちは、初めまして」

彼女のいる部屋はワンルームのような造りの個室だった。
バスルームとミニキッチンの先にある白いベッドにマヌエラは腰掛けていた。
ナマエの声に、驚いたように顔を上げる。

「貴女は……?」

研究所の人間とは異なる雰囲気をナマエから感じ取ったのか、マヌエラは彼女を興味深そうに見上げた。

「突然お邪魔してごめんね。私はナマエ」

ベッド脇のパイプ椅子に座り、目線を合わせて手を差し出すと、彼女は目を丸くし震えた手でナマエの握手に応えた。

「私は、マヌエラ……」
「知ってる、レオンさんから聞いたんだ。私も昔、レオンさんに助けてもらったことがあってね……」

まずは自分のことを知ってもらわないと彼女は打ち解けてくれないだろうと思い、マヌエラにはここを訪れた理由よりも先に身の上話を聞いてもらった。
自分のことを話すのはあまり得意ではなかったが、知らないうちに実験体となっていたことを話し始めると、マヌエラは酷く怯えた様子で自分もそうかもしれないと訴えた。
行動を制限された彼女は一日のほとんどをこの部屋で過ごし、ここから出るのは検査の時だけだという。
その度に血液を採種され、また爛れてしまった右腕に残る傷は中々治らず時折強く痛むらしい。
彼女が痛みを訴えると必ず防護服を着た研究員数名がやってきて意識を失わされてしまうため、その間に何をされているかは全くわからないとのことだった。
ナマエはこの話を聞いて、やはり彼女には一度血清療法を受けてもらうべきだと実感した。

「今日はね、マヌエラに私のもつ抗体を接種してもらいたくて来たの」
「えっ……?」
「ベロニカウイルスに対してどれだけ効果があるのかはわからないんだけど、マヌエラがずっとこの状態でいるなんておかしいことだし、普通の生活を取り戻すために少しでも役に立てたらって思って」

我ながら恩着せがましいとは思うけど、と申し訳なさそうに眉尻を下げるナマエに、マヌエラは思わず抱きついた。
突然の抱擁にナマエはどうしていいかわからずオロオロとしながらも、ジルが自分にしてくれたように優しく背中を摩った。

「こんなところに一生いるなら早く殺してほしいと思ってた……両親の元へ逝きたいって……」

胸の中でポロポロと涙をこぼすマヌエラに、ナマエは胸が痛んだ。
自分よりも大分幼い彼女が背負うにはあまりにも苦しすぎる境遇だった。

「レオンに、死ぬべき人間なんてひとりもいないって言われたけど、そんな風には思えなかったわ……」
「マヌエラ……」
「でも、ナマエが来てくれて、苦しくても生きててよかったって思えた……境遇は違っても理解してくれる人がいてくれて本当に嬉しかった」

鼻の頭を赤くして微笑んだマヌエラに、ナマエ表情を緩めた。
ナマエの方は、少しでも彼女の役に立てたことに喜びを感じていた。
そしてマヌエラは、ナマエの提供する血清から得られる抗体を投与することを承諾した。
一方で、政府にその血清を悪用されてしまわないか危惧していたが、そこはナマエも覚悟の上だったので大丈夫の一点張りだった。
面会時間が終了したのか、部屋にロイが入ってきた。
その後ろにはレオンも続いている。
ナマエとマヌエラが親睦を深めた様子とは対照的に、ロイとレオンには初対面の時のままの隔たりがあり、打ち解けた様子は微塵も感じられなかった。
それもそうかと思い、ナマエは座っていた椅子から立ち上がった。

「では、談話室に戻って話をしましょうか」
「いいえ、お話はここで結構です。マヌエラを談話室に連れて行くことはできないのでしょう?」

無表情でそう言ったナマエに、レオンだけではなく流石のロイも一瞬言葉に詰まった。

「ナマエ、一体……」
「……それはどういうことでしょう」
「ですからここで、マヌエラも交えてお話をしたいんです」

ロイの視線がマヌエラに向くと、彼女は瞬時に身体を強ばらせた。
このまま彼女を軟禁状態にしておくのは精神衛生上好ましくないのは目に見えている。
ナマエはもう一度伺うような視線を彼に遣ると、「では、椅子を持ってきます」と一旦その場から姿を消した。
彼がいなくなったことによりナマエの緊張も少し解け、心配そうなマヌエラを宥めていた。

「ナマエ、どうするつもりなんだ?」

空かさずレオンの質問が降りかかってくるが、これは想定内のことだ。
「それを今から彼と話すんです」と言って、決して自分のペースを乱すことはなかった。
レオンは腑に落ちない表情をしていたが、ナマエの意志の固い視線がそれ以上彼に有無を言わせなかった。
暫くしてロイが戻ってくると、彼とナマエが向かい合うように座り、彼女の後ろにベッドに座るマヌエラ、その横にレオンという形で収まった。

「いい加減お話してくれますよね。何が目的なんです?」
「マヌエラに自由な暮らしを提供してください。彼女は実験体ではなく人間です」

ナマエの要望を聞いたロイは、拍子抜けしたように目を丸くした。
そして、その人の良さそうな顔には今や嘲笑が浮かんでいた。

「何をおっしゃるのかと思えば。彼女にはベロニカウイルスが投与されてるんですよ。いつ発症してもおかしくないのに自由な暮らしが提供できるとでも?」
「いいえ。しかし、ウイルスの失活が確認できれば話は別でしょう」
「ああ、その通りだ。だが、その方法は?」
「私の体内の抗体を利用していただけないでしょうか」

再び、彼が目を丸くして言葉に詰まった。
あれだけ熱心に勧誘してきた機関なのだ、ナマエの持つ抗体は喉から手が出る程ほしいに違いない。

「何を言い出すんだ!」

静寂を破り、レオンが勢い良く椅子から立ち上がった。
ナマエの両肩を掴み、必死にやめるように説得した。
こんなに感情的になるレオンをみるのは初めてで、激昂する彼にナマエは血の気が引いた。
しかし、彼と対立することになっても自分の意志は曲げられない。

「離してください、これは私の決めたことです」
「血液がどこに出回るかわからないんだ!リスクが大きすぎる!」
「生き残った人がまたウイルスの脅威に晒されるのを防ぎたいんです。そのためだったらこの抗体を差し出すのは惜しくも何ともありません!」

大声を出したナマエに圧倒されたレオンは思わず彼女の肩から手を離し、視線を逸らした。
そんな彼の背後から、ロイが口を挟む。

「ナマエさん、本気で言っているんですか……」
「当たり前です」

頭を抱えて椅子に座ったレオンを気の毒そうに見ながら、ロイは会話を続けた。
その顔には、胡散臭い笑顔も人を見下した笑いもなく、彼はナマエを対等に扱った。

「まさか貴女からこのような提案が持ち出されるとは……」
「お返事の方をお聞かせ願います」
「貴女の気持ちは十分伝わりましたよ。それに私も人間ですから……目の前であんなやり取りをされたら情も移ります」
「はい……?」

ナマエの直情的な行動にやや呆れてはいるものの、ロイは声を落としてナマエに告げた。

「結果は吉と出るか凶と出るかわかりませんが、彼女への投与が済んだら貴女の血液は焼却処分なり何なり破棄します。保存はしません」
「え……」
「情報はどこから漏れるかわからない。貴女の血液を狙ってここが危険に晒されでもしたら、被害も甚大ですからね。ですので、くれぐれも結果がでるまでは内密にお願いしますよ」

思わぬ方向に話が進み、かつ予想以上にロイという人物が親身になってくれて、今度はナマエが言葉に詰まる方だった。
完全に信用していいわけではないだろうが、少なくともマヌエラへの抗体投与の約束は取り付けることが出きた。
ベロニカウイルスの完全失活は達成できなくても、今よりさらに弱毒化し、例えばその治りの悪い傷が完治するといった成果が出てくれれば、と淡い期待を抱くことはできる。
マヌエラの訪問が成功してよかったと思うと同時に、これからは時間を見つけて彼女に会いにこようと決めた。
何よりも今、気がかりなのは、ナマエが何も言わずに決めた血液提供に猛反対をしたレオンと帰路を共にしなければならないことである。


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