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part from daily
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ナマエから香る微かな甘い香りに、つい勢いで彼女を抱きしめてしまった。
そうでもしないと言うことを聞き入れてもらえないといえば最もな理由らしく聞こえるが、どうも彼女のことになると理性よりも感情を優先してしまう。
好ましいことではないと頭ではわかっているものの先に手が出てしまい、結果的に今回もレオンはこうして彼女に触れていた。
普通の女子大生だったナマエの日常が奪われてしまったことに対して、アンブレラが関わっていたこともあり、救出を手伝ったレオンは彼女を放っておくことができなかった。
自分は彼女に、かつて自分の出会ってきた女性たちを重ねているのだろうか。
事件に巻き込まれたあの日は、全員で街から脱出することを第一に考えていた。
今とは状況が全く異なる。
しかし、彼女を守りたいと思うのは事実なのだ。
この直感を信じるのは些か不安だが、深く考えても自分の考えがまとまるような気はしなかった。
浅かった呼吸が落ち着いたナマエに胸を撫で下ろす。
今、余計なことを考えるのはやめておこう。
指通りの良い滑らかな髪をなでていると、その時、外で物凄い突風が吹き荒れた。
戸という戸はガタガタと揺さぶられ、打ち付ける雨と相まって轟音しか聞こえない。
とうとうこの街の近くにまでハリケーンが接近しているのだろうか。
その様子に我に返ったナマエは、詫びの言葉を述べながら慌ててレオンから離れた。
彼は空っぽになった腕の中を残念に思うも、いつもの表情に戻った彼女を見て安堵した。

「ニュース、見たほうがいいかもしれない」
「あ、うん……そうですね!」

何事もなかったように振舞うレオンに、ナマエはゴシゴシと目元を拭った。
落ち着いたところで話を蒸し返しても仕方ないし、恐らくレオンも彼女が言いたいことをわかってくれたと判断したのだろう。
想像もつかなかった状況下に置かれても、こうして彼が自然体でいてくれることがナマエにとっての救いになっていた。
これからは医者の言うことも鵜呑みにはできないし、自分の身は自分で守らなければならないと改めて痛感させられた。
そして、彼の言うとおり気象状況を把握するためにテレビをつけたナマエだが、画面に映し出された光景に先程までめそめそしていたのが嘘のように呆然とした。

「これは不味いな……」

いつもは冷静なレオンも、テレビを見て顔を顰めた。
街中の至る所で信号機が壊れて交通網は麻痺状態、そしてほぼすべての道路は通行止めになっているという。

「レオンさん、帰れなくなっちゃいましたね……。うちに泊まるのは全然構わないんですが、任務の方は大丈夫ですか?」
「ああ、休暇は明後日までだから。そうだ、ナマエ、悪いがガレージに車を入れさせてもらってもいいか?」
「もちろんです!」

あまりの悪天候に、大幅に予定を狂わされてしまったが家に両親が不在の今、彼がいてくれるのはありがたいことだった。
レオンが車を移動させるために外に出たのを確認すると、ナマエは体中の力を抜くように大きな溜息をついた。
両手を広げて、それをぼんやりと見つめる。
抗体が働いていたからいいものの、この身体に何度もウイルスを注入されていたなんて考えたくもなかった。
一歩間違えれば、大学で見た感染者のようになっていたのだ。
政府といい、病院といい、一気にいろいろなことがありすぎて目眩がしそうだった。
これ以上何かに巻き込まれるのは勘弁してほしいので、とりあえずまた何か起こるまでは静かに生活していようと思う。
何も起こらないのが一番いいが、レオンの話を聞いている限りそう上手くいくとは思えなかったし、それまでにできる限りの準備はしておきたい。
今はこんな風に考えられているのに、レオンから病院でのことを聞いたときは死にたくなる程絶望しか感じなかった。
しかし、感染してないから安心していい、そう言われただけで体中の得体の知れない恐怖がすっと引いたような気がした。
すぐに嗚咽は治まらなかったが、頭は冷静になって大丈夫なんだということを理解することができたのだ。
彼がいてくれたよかった、と思うと、また一気に安心感が押し寄せて気が緩んでしまい、涙が溢れてきそうになった。
いけないと思って鼻水をすすり目を固く閉じて堪えていると、玄関が開いてレオンが戻ってくる音が聞こえた。

「レオンさん……!」
「外は酷い嵐だった」
「びしょ濡れじゃないですか!ほら、早く脱いでください」

乱れた髪をぐっしょり濡らす水の量に驚き、ナマエは急いで彼を脱衣所に案内し、大きめのタオルを持ってくると彼に入浴を勧めた。

「レオンさん、もう今日は帰れないし、お風呂入っちゃってください。私は有り合わせで夕食の用意してますから」
「いや、でも、ナマエは……」
「これが、シャンプーとコンディショナー、こっちがボディソープで、この辺のは私の適当に使ってください。シャワーの使い方は大丈夫ですよね?」
「ああ、まあ……」

そう捲し立てるナマエに心配そうな視線を向けるも、服もかなり濡れてしまったレオンは素直に風呂を借りることにした。
眼も鼻の頭も少し赤くなっている彼女は、レオンからしてみれば何とも痛ましく儚い存在だった。
レオンが浴室に入ると、曇りガラスのドアの向こうからナマエの気配が消えた。
それがわかると、彼は先程ナマエがついた溜息と同じくらい盛大な息を吐いて、シャワーのコックを開いた。
自分の中途半端さと後手に回る対応に苛立ちを超えて腹が立ってくる。
苛立ちながらも彼女に指示されたシャンプーボトルを押して中身を掌に出すと、浴室にその香りが広がった。
いつも彼女からほんのり漂う香りだ。
その控えめで落ち着いた香りにレオンの怒りもいつの間にか退き、頭上で広がる香りが彼女を思い出させて少しばかり至福にさえ感じる。
そして、自己反省ばかりしていないでもっとそれを活かすべきだと、彼女を思うレオンの気持ちを前向きにさせたのだった。
その後、一通り顔や体を洗い終えシャワーで泡を流していると、ドアが軽くノックされた。

「あの、レオンさん……?」

先程の彼女の強引さとは打って変わって随分大人しい声だ。
レオンがドア一枚隔てた向こうで入浴中ということもあって照れくさいのだろうか。
彼が返事をすると、そのまま話を続けた。

「バスタオルとバスローブ、用意しました。あと、その、下着は父用の新品があるんですが、もし着心地悪かったら遠慮なく教えてください」
「ああ、わざわざすまない。流石に着替えは持ってきてないから助かったよ」

レオンの返事を聞くと、ナマエはすぐにリビングに戻っていった。
何故かわからないが変に緊張してしまった彼女の歩き方はどこかぎこちない。
父親の下着姿などは特に気にしたり邪険にするわけではないが、これから彼が着用するであろう下着を持って行くのは少々恥ずかしいことだった。
いい加減照れていても仕方ないので、気を取り直してキッチンに行き夕食の仕上げに取り掛かる。
今日は嵐のせいで気温も上がらないし何か温かいものでも、と思って簡単にできるスープパスタを作ることにした。
家にあるものでできるし、スープと付け合せさえ用意してしまえばあとはパスタを茹でるだけだ。
あまりの音に外の様子が気になって、キッチンにある勝手口を少し開けてみると、凄い勢いで雨が吹きかけてきたので慌てて扉を閉めた。
危うくナマエまでびしょ濡れになるところだった。

「ナマエ、シャワーありがとう。もう食事の準備をしてくれたのか?おいしそうな匂いだ」
「……」

車をガレージに入れて家に戻ってきたレオンはまさに濡れ鼠と呼ぶに相応しい有様だったが、それとは打って変わり、濡れた前髪を軽く後ろに流しバスローブを羽織り開けた胸板を隠そうともしない彼に、ナマエは返す言葉に詰まってしまった。

「……鍋、沸騰してるぞ」
「え?あ!ああ、はい!今からパスタ茹で始めるんで、ソファで寛いでてください!」

視線を左右に泳がせながら急いで背中を向けると、ナマエは鍋の中で沸騰している水に塩を振った。
タイマーはどこだったか、トングは、水切りは、といろいろなもの夢中で揃えて最後にパラパラと円を描くようにパスタを鍋に投入した。
電子音と共にタイマーが動き出し、その間に彼女は調理器具の片付けを済ましてしまうことにした。
少しでも気を抜くと、(本人は至って無意識だろうが)大人の男性の色気を醸し出した水も滴るレオンの姿を思い出してしまい、顔が熱くなる。
考えないように、と手際良く盛りつけを終え、深呼吸して自分を落ち着かせてから彼を呼んだ。

「今夜のも美味しそうだな」
「こっちは昨夜の残り物なんですけど、よかったらどうぞ」
「ああ、それじゃあ」

ナマエのいただきますという一言に合せ、レオンも彼女に習って両手を合わせた。
着替えがないのでバスローブのままナマエの向かいに座るレオンは、彼女にとって大分刺激的だったが、食事に集中することによりなんとか平常心を保とうとした。
嵐による暴風や家に打ち付ける雨の音が静かな室内に響く。
ふと夕方のやり取りを思い出し、そういえば自分は目の前にあるこの彼の胸の内に抱き寄せられていたのだという記憶を鮮明に蘇らせてしまった。
あの時の彼の温もりに鼓動が早まるのが嫌でもわかり、焦って詰め込んだ口の中の食べ物を飲み込むのもままならない。

「おい、大丈夫か?」

咳き込みそうになるナマエに気付き、顔を上げたレオンが彼女に声をかけた。
何でもないことを伝えようと羞恥心に負けず必死に首を縦に振ると、その様子が可笑しかったのか彼は小さく笑い声を漏らした。

「そんなに慌てなくたって、今は俺しかいなんだから誰もナマエの分は食べないだろう」

彼の差し出したマグカップを受け取り、その中身を飲み干すとナマエは決まりの悪そうな表情で彼を見つめ返した。
笑顔で余裕のある彼が、今日は何だか憎らしくさえ感じる悪天候の一日だった。


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