倉庫と小説兼用 | ナノ





part from daily
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再会した時に交わした約束を支えに、ナマエは前向きに生活できるようになってきていた。
気持ちの整理が完全についたわけではないが、心中に残ったわだかまりはいくらか軽くなった。
レオンと食事をしてからは、彼の仕事の都合に合わせて時々会っている。
頻繁に会うことはできないが、彼が任務や訓練の間は自分も何か目標を決めてみようと思いを新たに努力していた。
農学系の専門書を読んだり、興味のあることをネットで調べたりしていくうちに、ナマエの生活は徐々に以前のものに近付きつつあった。
前回、外で会っていたこともあり、今日は彼女の家にレオンが来る予定になっていて、彼女の母親も娘の恩人に会えるのを心待ちにしている。(生憎、父親は仕事のため家におらず、酷く残念そうに出勤していった)
昼食の準備をしていると、窓の向こうの庭にに彼のジープが停まるのが見えた。
降りてきた彼は、共に映画館に行った時のようにカジュアルな装いだったが、無造作のようでいて年相応にまとまっており、いつ見ても洒落た感じのいい素敵な男性だった。
ナマエが玄関まで迎えに行くと、レオンはそれに片手を挙げて応えた。
母親を連れてくると、彼の端整な顔立ちに驚いたようだったが、すぐに感謝の気持ちを述べて家の中に招き入れた。
ダイニングで3人で食事をしている時は、レオンの仕事の話や、ナマエの家族の話など、たわいもない話が飛び交っていた。
その後、応接間に移動した二人だったが、彼は和室に慣れていないようで、畳を珍しがっていた。
住んでいる場所が場所なので、当然、日本人の来客は少ない。
そのため、部屋の中心は堀ごたつ式になっており、膝を曲げる座り方に不慣れな人でも快適に過ごせるようにしてあった。

「お昼、ごちそうさま。あんなにいろいろ大変だっただろう」
「ううん、母と一緒に作ったから大丈夫。それに、レオンさんがたくさん食べてくれたから嬉しかったです」

座布団の上に座り、レオンはコーヒーを、ナマエは緑茶を啜っている。
彼は、ナマエに敬語はやめて構わないと言ったのだが、一度そのように接してしまうとなかなか抜けないようで、今も丁寧語のままだった。
それでも何度か会っているうちにお互いのことを知ることができ、大分距離も縮まっていた。

「前に、俺がラクーンシティの生き残りだと言ったよな」

向かいに座っているレオンが、おもむろにそんなことを言った。
カップをテーブルに置いた彼の表情に影が落ちる。
ナマエが黙って頷くと、彼はそのまま己の過去を少しずつ話を始めた。

2年前、レオンは新人の警察官としてラクーンシティへの着任が決まっていた。
着任の前日、それに理解を示してくれなかった恋人と大喧嘩の末に別れ、自棄をおこして酒を飲んだくれたことによって初日から大遅刻をかましてしまった。
街に着いたころには既に夕暮れ時だったのだが、そこで感染者に襲われて事件に巻き込まれたのだ。
そこで、クリスの妹であるクレアに出会い、協力して無事に街から生還することができた。
脱出までの間には様々なことがあった。
道中で出会った謎の組織の女性に同行したり、研究員の娘でG-ウィルスに感染していた少女のためにワクチンを探したり、タイラントやGと呼ばれる怪物と戦闘になったりと壮絶な1日だった。
感染者やクリーチャーには勝ったものの、その女性はレオンに愛を告げて事切れてしまい、少女は体内に宿るG-ウィルスのせいで政府の監視下に置かれることになり、物事は悪い方に進むばかりだった。
脱出後、クレアはレオンの後押しにより当時行方不明だったクリスを探すために二人に別れを告げ、政府の諜報員からの打診によりレオン自身は少女の身柄保全と引き換えにアメリカの国家機関に身を置くことを決めた。
こうして、街から生還した彼らは、その後も平穏な生活を送るどころか、アンブレラによって人生を一変させられてしまった。
この一連の事件は、アークレイ山地での人食い事件が発端で、本格的な感染が確認されるよりも前に、ラクーン市警はS.T.A.R.S.の投入による事態の収拾を図った。
しかし、山地に派遣されたブラヴォーチームとは通信が途絶え、新たにアルファチームが捜索にあたることとなった。
このチームに、クリスとジルは所属していたのだ。
そして、彼らは山地に存在する洋館や研究所で、アンブレラに開発されたB.O.W.の実戦データの回収を目的とするウェスカーの暗躍に翻弄された。
データ回収のための犠牲となったS.T.A.R.S.は壊滅状態だったが、生き残った彼ら他数名の隊員は何とか合流することができ、アークレイ山地から生還した。
打倒アンブレラを誓った彼らは暫くラクーン市警に留まっていたが、やがて長期休暇届を提出し各自で調査を始めた。
クリスはクレアをアンブレラとの戦いに巻き込むことを避けるために連絡を絶っていたが、皮肉にもそのことが妹をラクーンシティに呼び寄せてしまうこととなり、その後レオンと出会い冒頭に至るのだ。

アンブレラは事実上崩壊したと思われている。
しかし、世界のどこかで未だ実験を繰り返しているのだ。
闘いが終わったわけではない。
ナマエのいた大学にアンブレラの元研究員が教授として在籍していたように、各地に危険は潜んでいる。
その残党、あるいは裏で何かを企んでいるウェスカーを打つために、レオンを始めとする事件の生存者や協力者は行動を起こしているのだった。
もちろん、生半可な気持ちで活動できることではない。
ラクーンシティに残って調査を続けていたジルは新型タイラントとの戦闘により、T-ウィルスに感染して一時は死を覚悟した。
クリスを追ってパリのアンブレラ研究所の侵入に成功したクレアは、警備員に捕まり監獄のある孤島に監禁されそこで2度目のバイオハザードに巻き込まれた。
このように常に命を危険に晒している状態なのだ。
現実を知ったナマエは衝撃を受ける。
いつまでも事件を引きずっていてのろのろと毎日を過ごしている自分がちっぽけに思えた。

「君をそんな顔にさせるために話した訳じゃない」

彼女の苦い表情を見て、レオンが言った。
自分の感情が筒抜けでいたたまれなくなったナマエは、成す術もなく視線を落とす。
レオンは彼女の表情から、考えていることが手に取るようにわかっていた。

「それに、何か行動を起こしてほしいと思ってる訳でもないんだ。ただ同じように事件に巻き込まれた人が他にもいるってことを知っておいてほしい」

今にも泣きそうなナマエの頭をそっと撫でた。
大きくて温かい彼の手のひらは、ナマエの心の重荷を軽くした。
これから何をするか決めるのは自分のペースでいい、と彼は言って微笑んだ。

「レオンさん、ありがとう」
「俺からも礼を言わせてくれ。ナマエと会うようになってから毎日に張りが出た」
「私も……。次にレオンさんに会うまではこれをしようって決めて過ごせるようになりました」

また大学に行きたいと思うようになったことを伝えると、レオンも嬉しそうだった。
襖を軽く叩く音がしたと思ったら、母親がお菓子を持ってきた。
それはレオンが手土産に持ってきてくれたもので、お皿の上には小さめのタルトやケーキ、プリンが何種類も乗っていた。

「レオンさん、可愛らしいお菓子をありがとうございます」
「いいえ、ナマエさんにはいつも元気をもらっているので。その気持ちです」

にこやかに会話するふたりに、ナマエの心中も穏やかだったが、母が年頃の男性であるレオンと話していると何と無く彼を妙に意識してしまってくすぐったくなる。
随分余裕が持てるようになってきたんだな、とナマエは自分の感情を客観的に見て、色めき立った己の気持ちをすぐに制した。

「どれにしましょうか。レオンさんこそ、こんなにいろいろなお菓子を用意してくれて!迷っちゃいます」
「どういうのが好きなのか迷った挙句こうなった。全部味をみて好きなものを食べてくれ」

華やかなお店の前で商品を選ぶレオンの姿を想像して、ナマエは堪えきれずに小さく笑い声を漏らした。
男性がこんなにたくさんの種類を買っていって、店員もさぞかし驚いたことだろう。
結局、彼が持ってきたお菓子は食べ比べをして気に入ったものをふたりでわけていった。
フルーツがああだ、クリームがこうだ等と感想を言い合うのが何とも楽しかった。
そういった会話と会話の間の沈黙も、互に特に気にすることなくごく自然に一緒にいることができた。
最後のプリンを食べ終えたナマエが一息着くと、思い出したように話を振った。

「私、まだ通院が続いているんですけど」
「血液検査のか?」
「はい、内側がこんなで、これから半袖着るのが辛いです」

彼女が袖を捲ると、両腕の内側には消えかけから新しいものまで複数の注射の跡が残っていた。
白い肌に浮かんだそれは、目にするだけでも痛々しいものだ。

「月1回でそんなに残るものか」
「だんだん薄くなってくると次の通院が来ちゃうんですよね」
「そうか……」
「レオンさんがそばにいないので、注射は本当に嫌です。あと、ちょっと気になることがあって」

袖を戻して、ナマエはレオンに向き直った。
そして、その気になることを彼に説明し始めた。
始めての通院の時は、本当にただの採血だけで、検査の結果待ちも含めて1時間もかからなかった。
しかし、その次からは、検査の結果、しかも値自体に異常はないと伝えられたにも関わらず、その後さらに点滴を投与されるようになったのだ。
初回は、免疫力が低下しているからという理由で点滴をされた。
その時は事件のストレスが影響しているのだろうと思って、素直に従ったが、点滴中は生体情報モニタによって心電図や心拍数などを監視されていて随分と大袈裟だと感じた。
点滴をされても特に体調の回復は感じなく、かといって何か不調を感じることもなかったが、レオンと再会して前よりもストレスを感じなくなってからもその点滴の投与は続いていた。
もちろん、今月もだ。
そのせいで針の跡も増える一方で、検査の時間も変わらず長いままである。
レオンはナマエからその話を聞き、不審感に眉根を寄せた。
いくら未承認のワクチンを投与したからといって、最初の検査で異常がなかった患者に点滴を行うだろうか。
それも、精神的に平常を取り戻しつつある現在まで続いているというのだから、彼女が疑問に思うのは当然だ。

「何の点滴かは聞いているのか」
「はい。いつもビタミン剤って言われます。でも、食事は普通に食べられているし、偏りもないと思うんですよね」
「だろうな」

レオンは、彼女とその母親がもてなしてくれた料理を思い出し、ますます疑念が沸き上がった。
彼は、このままでは不味いと判断し、この休暇を使って病院へ調査に赴くことを決めた。


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