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part from daily
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あの脱出の後、すっかり気が抜けた私は、乗り込んだヘリコプターの中で眠ってしまった。
病院に到着したことにも気づかず、ベッドの上で長い間意識を手放していた。
目を覚ました時は既に日付が変わっており、駆けつけていた両親に突然抱きしめられたものだから、最初は何が何だかわからなかった。
母親の胸の中で頭の中を徐々に整理していたら、大学での出来事を鮮明に思い出し、あそこから逃げ切ったのかと考えた途端、あの時の恐怖と今の安心感で勝手に涙が溢れてしまった。
そういえばレオンさんはどうしたんだろう。
ジルさんも、クリスさんも……それに、ルイスさんは大きな怪我をしていたはずだ。
落ち着いた私は、両親に訪ねた。
ルイスさんは別の病室で治療を受けているが、命に別状はないらしい。
しかし、私たちを助けてくれた彼らのことは聞いていないようだった。
詳しい話をすると、両親は感謝の気持ちで瞳を濡らしていた。
話しているうちに、化け物を吹き飛ばした時のレオンさんを思い出す。
身体の力が抜けてしまった私を爆発から守り、抱きしめて「ありがとう」と言ってくれた。
お礼を言うのは私の方なのに、ことばを交わす間もなくいなくなってしまった。
去り際に目を覚まさなかったことが悔やまれる。
両親は、私が目を覚ましたことを伝えてくると言って、一度、病室を出ていった。
それを見送り視線を部屋に戻すと、ベッドの横の小さなサイドテーブルに運命を共にした鞄が置いてあるのに気がついた。
あの状況だと、きっともう大学には戻れないだろう。
大事なものを持ってきておいてよかった。
そう思った時、鞄の横に開いたままになっている手帳を見つけた。
疑問に思い、寝すぎたために痛む節々に顔を歪めながらそれを取ると、思わず目を見開いてしまった。
そのページには、彼の名前と連絡先が走り書きされている。
自身を合衆国のエージェントだと言った彼は自分と生きている世界が違うように思えて、もう会えないかと思っていたが、完全に縁が切れたわけではない。
そこに残されていたメッセージに、また涙が溢れた。
助けられてばかりで情けないことは十分わかっている。
あの時も、火器を扱えない自分は逃腰だったし、感染者への情が捨てきれずにいた。
脱出して最愛の家族とも再会できて嬉しいはずなのに、本当にこれでよかったのか、もっといい方法はなかったのかと思わずにはいられない。
そして、何よりももう一度、レオンさんに会いたい。
この行き場のない気持ちを理解してくれるのは、私にとっては彼だけなのだ。

ルイスさんと異なり、外傷がなかった私はこの後、軽い問診を受けるとすぐに退院となった。
但し、事の発端となった教授が秘密裏に作った非公認のワクチンを接種していたことから、無期限の通院を言い渡されてしまった。
政府は、今回の事件の被害者たちに救済処置として、各州の大学に直談判し、教授には職場を、学生には学籍を与えてくれた。
ほとんどの被害者はその措置を受け入れたが、私はすぐに大学に通うのは精神的に無理があったので、両親と話合った結果、籍だけは置かせてもらい、休学することにした。
通院した際に、大分回復したルイスさんのお見舞いに行ったが、彼はもうどこかの大学に戻る気はないと言っていた。
散々な目に遭ったこともあり、これを潮時にして退院したら就職するために地元に帰国するらしい。
無職の現在はただのハンサムなプーさ、なんて言って、寂しくなると思っていた私を笑わせてくれた。
通院は、大学を休んでいる私にとって特に面倒なものではなかったが、毎回採血をするために腕に針を刺されるのが苦痛のほかならなかった。
刺されて痛いのはもちろんのこと、それまでの緊張感が嫌で仕方ないのだ。
その度に、あの時、握ってて良いと言って手を差し出してくれた彼を思い出さずにはいられない。
また、眠った時にはあの日を夢に見ることが多くなり、恐怖や後悔の念にうなされることも度々あった。
両親はそんな私を心配し、担当してくれている医師に相談してみたらどうかと言ってくれたが、例えそうしたとしても何も変わらないと思う。
人間ではない、それでもかつての面影を残した感染者を生み出すウイルスの恐ろしさは、直面した者ではないとわからない。
尤も、直面したものの大半は道連れになっているのだが。
十分に眠れない日が何日か続き、甘えているのはわかっていたが、本当に参ってしまう前に私は思い切って彼に連絡をとった。

幸いなことに、彼は長期任務を終えて休暇をもらったところで、私の誘いに快く応じてくれた。
電話ではあの時のお礼がしたいと言ったが、本当は彼に辛い気持ちを吐露したかった。
あの日は短い時間しか一緒にはいなかったが、彼なら受け止めてくれるだろう。
そして今、私たちはあの惨状を微塵も感じない洒落たレストランのテーブルに向かい合って座っていた。
ハンドガンを構えた彼も頼もしく感じたが、セミフォーマルな服装に身を包んだ彼もとても魅力的だった。
私はというと、カクテルドレスなんて普段とは異なる珍しい物を着ていて、履き慣れない華奢なパンプスのため足元は覚束無い。
何とかスムーズに席へ着くことができてほっとしていた。
それと同時に、自分から声をかけておいたにも関わらず、以前と同じように彼の端整な顔立ちに少々息が詰まりそうだった。
改めて、以前のことと今日来てくれたお礼を言うと、彼は柔らかく微笑んでくれた。
その表情で、私は気持ちがとても安らかになる。
ふたりでコース料理を楽しんだ後、これまでの経緯を話すと、やはり彼は真剣に話を聞いてくれた。
自身に想像を絶する過去があるため、私の気持ちも理解してくれているのだろう。
あれからずっと悩んで辛かったことや、また彼に会えた喜び、たくさんの思いが溢れてきてことばを続けられなくなってしまった。

「ゆっくりでいい」
「レオンさん……」
「勉強したくなったら復学すればいいし、ナマエのやりたいことが見つかったらそれに向かって邁進すればいい。また辛くなったら、俺を呼んでくれ」
「ありがとうございます。でも……レオンさんは私と違って忙しいし、今日だってたまたまお休みで……」

鼻水が邪魔をして上手く言えなかったが、彼の思わぬ励ましにまた頼りきってしまいそうになる。
融通がきく職業ではないし、本当だったら休暇くらい自分のために時間を使いたいだろう。
それなのに、こんなにも親身になってくれるのが不思議なくらいだ。
何か言うのを躊躇っているのだろうか、穏やかだった彼の表情が一瞬にして引き締まった。

「違わない。ナマエも俺も……アンブレラに狂わされたんだ」

有無を言わせないその気迫と悪の根源である企業の名に、思わず背筋が伸びる。

「だから、何かあったらすぐに俺に教えてほしい。力になりたいんだ」

そう言って私の手に自身のそれを重ねてくれた彼に、引っ込んでいた涙が堰を切ったように流れ出てきてしまった。
ひどいすすり泣きが彼に申し訳なかったが、それでも彼は宥めるように片方の手で頭を撫でてくれた。
その後、落ち着いた私はせっかく頑張ったメイクが大変なことになってそうなことに気付き、急いで化粧室に向かった。
鏡の前で、彼の励ましのことばを反芻する。
誰にも話せなかったことを、聞いて理解し、共感してくれる彼の存在は大きな支えになっている。
しかし、その引換に私は何ができるのだろう。
彼は見返りなんて求めていないだろうけど、彼が私の力になりたいと言ってくれたように、差し出がましい真似かもしれないが私も彼の傷を癒せる存在になりたかった。
まだ自分のことすら危うい今、どうすればいいのかは当然わからない。
この場で考えて簡単に答えが出るようなことでもなかった。
結局、できる限り綺麗に見えるようにメイクを直して席に戻るしかなかった。
テーブルの方を見ると、彼がウェイターに何か言っている。

「レオンさん?」
「ああ、おかえり。そのままでも十分綺麗だったのに」
「……。何か注文されたんですか?」
「いや」

その時、彼が素早く胸ポケットに何か仕舞ったのを私は見逃さなかった。
それは、恐らくクレジットカード。

「今日は私からお礼をって言ったじゃないですか!」
「そうだったな」
「そうだったな、って……」
「じゃあ、今度会ったときは君に任せるよ」
「え?」
「映画なんかもいいな。それとも公園でピクニックとか」

上手く交わされてしまったような気もするが、そんなことは気にならなかった。
また会う機会を作ってくれた彼のやさしさが、堪らなく嬉しかった。
こうして、絶望の淵を彷徨っていた私は再び彼に助けられた。
この先、辛くなることも当然あるだろうが、もうひとりではないんだと思える。
あの日みたいに。


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