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part from daily
Kennedy・report

ヘリコプターの回転子からの音が額の傷に響く。
徐々に遠くなる大学の建物から、横で目を閉じる彼女に視線を移した。

『……同じ学生だと思うと良心が咎められますけどね』

そう言った彼女を思い出しては悔しさが込み上げる。
事前にこの事態を防げなかった自分の未熟さに、拳を固くした。



院生を装うために着込んだ白衣はもう必要ない。
非常事態の発生だ。
同僚との通信の結果、生存者を見つけるために俺はまだ被害の少ないであろう農学部棟へ向かうことにした。
そう決まった直後、同僚の叫び声がノイズに混じって耳に入ってきた。
発生現場に居合わせた彼は恐らく感染者に襲われたのだろう。
途絶えた通信機のスイッチを切った。
これ以上、犠牲者を出してはいけない。
農学部棟に着くと、1階の其処彼処に感染者がいた。
外から上を見上げると、生存者がいるようには感じられなかったが、取り残されていることも考えて中に入ることにした。
もう一度、装備を確認し、ハンドガンを構えて侵入を開始した。
生きている人間の気配を感じたのだろう、感染者は足を引きずりながらこちらに向かってきた。
ここの学生だろうと思ったが、躊躇している余裕はない。
狙いを定めて確実に頭を撃っていった。
不気味なほど、辺りは静かになった。
しかし、これだけで済むはずがない。
俺たちが上から聞いた情報によると、この大学の教授がアンブレラとの繋がりがあったらしい。
当然、そうなると生物兵器の存在も度外視することはできないのだ。
ハンドガンに弾を詰め、2階へと続く階段を昇った。
感染者や生存者がいないか、各研究室の扉を開けて確認しながら廊下を進んだ。
何の装置かはわからないが、時おりモーターのような音が聞こえてきた。
しかし、それ以外の物音はしない。
ここは遺伝子実験施設と離れているため、もしかしたら学生や教員は脱出し終えているのかもしれない。
そう思った時だった。
ガラスの割れる音と悲鳴が、近くの部屋から聞こえてきた。
警戒しながらも音がした部屋のドアへ近づく。
ドアノブを回すが開かない。
確かにこの部屋から聞こえてきたはず、ドアは木造で蹴れば壊れそうだ。
どうか間に合ってくれ。
勢いをつけてドアを蹴破ると、中には震えて俯いている女の子がいた。
その先には醜い口を開けるリッカー。
どちらが速いか。
俺は女の子の肩を引き、片手でハンドガンの引金を引いた。
剥き出しの脳に命中し、その反動でリッカーは後ろ向きで吹き飛んだ。
どうやら息の根も止めたようで、辺りは静けさを取り戻した。
振り返ると、女の子はまだ俯いたまま縮こまっていた。
それもそうだ、あんな化物に襲われる寸前だったんだから。
その気配がしなくなったのがわかったのか、彼女は本当に恐る恐る顔を上げてこちらを見た。
俺ができるだけ安心できるように声をかけると、彼女は小さく頷いた。
どこも怪我はしていないようだ。
彼女は名をナマエと言ったが、その後すぐにリッカーが入り込み、危険だと判断した俺は先程安全を確認した隣の部屋に逃げるよう指示した。
生存者がいたことは喜ばしいが、出会いは最悪だ。
ガラスの破片を被りながらも、リッカー2体を仕留めると、急いで彼女の後を追った。
隣の部屋に入ると、彼女はとても安心したように頬を緩めた。
ついさっきまで自分が命の危機に面していたのに他人の心配をしていることに驚いた。
それに、そもそも何故、彼女は大学にいるのだろうか。
そう思って聞いてみると、彼女は自分はここの学生だと言った。
てっきり高校生くらいかと思っていたが、学生で且つ研究室にいたことから、実は自分とあまり年齢が変わらないことに気付き驚いた。
見た感じは東洋系だから、年齢の割に幼く見えるのだろう。
反対に、彼女も俺のことを聞いてきたので、自分のことを一言二言話していると、彼女に切り傷を指摘された。
全く大した怪我ではないのに、彼女は頑なに処置をしようとした。
その強情さに少し驚いたが、言うことを聞いて大人しくした。
この状況で何をするのだろうと思っていたが、彼女は鞄からいろいろな物を出して患部を消毒してくれた。
救急用スプレーしか持っていなかったので、この消毒は小さな傷にとってありがたい。
彼女は、俺がラクーンシティのことを思い出して顔を顰めた時も、恐らく疑問には思っていたのだろうけど、何も聞かずにキャンディをくれた。
その甘さに、少し気持ちが楽になった。
やさしい子なんだと感じた。
その後、彼女の先輩であるルイスも無事に合流でき、俺は必ず全員で脱出しようと決意した。
彼がワクチンを持ってきてくれたが、生憎、抗体を持っている俺には必要なかった。
結局、ワクチンが必要なのはナマエだけで、既に血液検査のために涙目になっていた彼女はほとほと嫌そうにルイスへ腕を差し出した。
注射へのあまりの苦手意識に、腕にしがみついてくる彼女はなんだか可笑しかった。
3人で屋上へ向かっている時も、彼らのお陰で窮地に陥ることはなかった。
しかし、一般人を戦闘に巻き込んでしまったことは喜ばしいことではない。
ルイスだって、顔には出さないが感染者を殺すことに抵抗があるに決まっている。
それなのに俺を信頼して援護してくれた。
時折、ナマエが恐怖とはまた違う、泣きそうな顔で感染者を見ている姿が視界に入り、激しい後悔に襲われる。
生還するにはこうするしかなかったとしても、この気持ちはどこにぶつければいいのだろうか。
俺の古傷は深くなる一方で、新たに傷を負った人を生み出してしまった。
そんなことを考えていると、自分たちの足音とは異なる物音が聞こえた。
感染者ではない。
銃声だった。
俺はふたりを残し、確認に向かった。
救助だったらありがたい。
この場でアンブレラの私設部隊に遭遇することだけは避けたかった。
結果は前者。
しかも、クリスと彼の相棒だった。
ハンターに襲われた俺を助けてくれた彼と、固い握手を交わす。
ナマエたちの元に戻り無事を確認し、一瞬和やかな雰囲気になったと思ったが、そうは問屋が卸さない。
建物が揺れた。
この轟音だとタイラントに間違いない。
大丈夫だ、クリスたちもいる。
迫る気配に、俺たちは屋上に急いだ。
お約束とも言えよう、遂にタイラントが追いついてしまった。
しかも、リミッターが外れた暴走状態だ。
戦闘に慣れている俺たちでも、攻撃を避けて最低限のダメージで済ませるので精一杯だった。
そうしているうちにヘリが屋上に近づいてくる。
その時、隠れていたルイスが吹き飛ばされた。
ジルが彼の元に駆け寄った。
下手に動けない、今は彼女に任せよう。
ナマエ、ナマエは何をしている。
ルイスと一緒に隠れていたが、今は立ちすくむ彼女に逃げるように叫んだ。
何とか一撃を交わす。
だがタイラントは素早く振り返った。
何か方法は。
とにかく彼女を助けたい。
もう一度、望みを掛けて伏せるように彼女に大声で叫んだ。
ナマエを狙って動きを止めるタイラントに、チャンスとばかりライフルを数発撃ち込んだ。
心臓に命中したそれが、保護装置を破壊した。
そして、クリスの牽制とジルの誘導により、ふたりはなんとかヘリに乗り込んだ。
これで、彼らの身の安全は確保できた。
残すはこいつ、目の前の暴君だけだ。
心臓は露出されたが、まだ動きが素早く急所に命中しない。
視界に入ってくる自分の赤い血が目障りだ。
クリスが攻撃を交わしている間に数発射撃を繰り返す。
ジルの方を確認すると、冷静な彼女に似合わず焦ったようにタイラントの横をすり抜けていった。
何かあったのか。
彼女の姿を目で追うと、そこにナマエがいた。
背中にはロケットランチャーを担いでいる。
ジルを狙うタイラントに気づいた彼女がそれを必死に伝えると、咄嗟のところでジルは身を翻した。
しかし、ナマエとの距離が開いてしまう。
タイラントはジルを追っている。
今だ、今しかない。
今度こそは全員で脱出する。
そう思っていたら身体が勝手に動いていた。
俺に気づいたナマエからロケットランチャーを受け取る。
クリスとジルはタイラントを引き付けるために一斉に射撃を始めた。
終わらせてやる。
その一発がタイラントに命中した。
後ろにいたナマエに、爆発から守るために覆い被さった。
背中の風圧に彼女を庇う腕の力も強くなる。
ヘリから聞こえた声に、皆が無事だということを理解した。
ナマエが意を決してロケットランチャーを運んで来てくれなかったら、俺たちの脱出は失敗していたかもしれない。
自身の危険を顧みず、この場に戻ってきてくれた彼女に何て伝えればいいのだろう。
俺の下ですっかり力の抜けた彼女の無事を肌で感じたくて、思い切り抱きしめた。



やがて、ヘリは病院に到着した。
ルイスは、骨折がひどくてしばらくは絶対安静が必要だったが、命に別状はなかった。
ナマエも、一気に疲れが押し寄せたのだろう、ベッドの上でも眠り続けている。
本当は目が覚めるまで傍にいたかったが、クリスもジルも、そして俺にものんびりしている時間はなかった。
上からの命令で、俺たちは後処理のため再び大学に向かうよう言われたのだ。
俺は、彼女の鞄に入っていた手帳に連絡先とメッセージを書き残すと、彼らとヘリに乗り込んだ。
きっと彼女は今日のことで何度も苦しむだろう。
俺にはそれが痛いほどわかる。
何かあったときに力になれればという思いも込めて、連絡先を残したのだった。


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