3階は特に問題なく進むことができたが、4階にいる現在は厄介な状況だった。
研究室にいる人の数が多かったのか、感染者の数に驚愕した。
レオンが頭を狙い、確実に道を確保しようとしていたが、数の多さで押され気味になった。
ルイスも応戦しているが、中々数は減らない。
その間、ナマエは壁に沿って動いていたが、ひとりではないとはいえ、感染者と接近した状態には恐怖を感じた。
しかし、どうにかしてこの状況を切り抜けられまいかと辺りを見回すと、自分のすぐ横のドアから、まだ綺麗なままの研究室が見えた。
ハンドガンでは追いつかなくなったルイスはショットガンを取り出し、それによって吹き飛ばされて怯んだ感染者にレオンが体術で止めを刺していた。
その隙に、ナマエは研究室に入って台や薬品棚のしたの方を物色した。
素早く銀色の缶を見つけると、懸命にそれを持ち上げて、ふらつきながらも廊下に戻った。
感染者は怖かったが、レオンと同じくらいそれらに近づき、放り投げるようにその缶を床に置いた。
「レオンさん、あれを撃って!」
ナマエの掛け声に、ルイスは身を引き、レオンも数歩下がって彼女の指示通りにその缶を狙った。
数発、弾を打ち込むと、中身に引火したらしく爆発した。
彼らは爆風に煽られたが、爆発が収束すると、感染者は跡形もなく吹き飛んでいた。
「中身はなんだったんだ?」
「無水エタノール」
「機転が利くな」
「全くだ、助かったぜ」
「……同じ学生だと思うと良心が咎められますけどね」
落ち込んだ様子のナマエに、レオンは胸が痛んだ。
人間を攻撃、況してや殺害することに躊躇いが生じない人なんているのだろうか。
レオン自身、こんなことは懲り懲りだと何度も思った。
しかし、アンブレラによるウイルスの研究は留まることを知らず、今回のように至るところに脅威が潜んでいる。
撲滅させるためには自分のようは存在が必要なのだ。
だが、一般人であるナマエやルイスは出来るだけ巻き込みたくなかった。
この状況でそんなことを考える自分はまだ甘いのかもしれない。
「今のうちに上へ行こう」
静かになった4階を後にし、彼らは階段を駆け上がった。
レオンはその時、自分たちの足音とは異なる音を聞いた気がした。
階段を上り終えると、彼は手で制止の合図を送り、後ろのふたりに伝えた。
息を潜め、先の様子を伺う。
レオンの横で、ナマエの身体がぴくりと動いた。
どうやら彼女も物音に気がついたようで、レオンを不安そうに見上げた。
「確認してくる。ルイス、ナマエを頼んだ」
「ああ」
無駄な動きが一切ない、彼の背中を見つめる。
ナマエは自身の手を握った。
「レオンなら大丈夫だ。信じよう」
「……はい」
レオンの耳に間違いがなければ、彼が聞いた音は銃声であった。
それもハンドガンのような拳銃ではなく、自動小銃や手榴弾の爆発音のような音だった。
今もまた、連続した発砲音が聞こえたが、先程よりも近くなっている。
ナマエの言っていたヘリから救助が来たのだろうか。
それとも別の何者か。
構えながら考えていたら、いきなり横のドアが破壊され、部屋から何かが飛び出してきた。
咄嗟に受身をとったが、二足歩行の醜悪なそれはレオンにのしかかり巨大な腕を振りかざした。
歯を食いしばり、思い切り上体を捻る。
爬虫類のような体色のクリーチャーは、振りかざした腕の先の鋭い爪が床に突き刺さり身動きが取れなくなっていた。
体を回転させて起き上がったレオンは、狙いを定めて銃撃したが、あまり効果がないようだった。
リロードしていると、クリーチャーの向こう側に人影が見えた。
「下がっていろ!」
その叫び声に走って引き返すと、背後で乾いた音がして廊下に反響した。
数秒後、爆発音と共にクリーチャーのいた場所は周囲の壁も巻き込んで粉々になっていた。
「派手な攻撃だな」
レオンの元に走ってきた人影は、近づくに連れてはっきりしてきた。
大柄な体格に、しっかりとした装備。
それは、見覚えのある男性だった。
後ろからは彼のパートナーであろう女性の隊員が駆けつけた。
「クリス……?」
「レオンか……?」
お互い歩み寄ると、思いがけない場所での再会に苦笑いを零した。
それでもガッチリと握手を交わすと、レオンは先程の礼を言った。
クリスの元に、暗い茶髪の女性が追いついてふたりを見比べている。
「知り合い?」
「ああ、妹が世話になった」
「そうなの。ジル・バレンタインよ」
「レオン・ケネディだ」
短く自己紹介を交わし、レオンは彼らに今の状況を伝えた。
早く戻らないとナマエとルイスが心配だった。
話を聞くと、クリス達はここの情報を入手してヘリで調査に来たところらしい。
目的はもちろん、生物災害の殲滅だ。
生存者のことを話すと、驚かれた。
どうやら、大学の封鎖より前に避難した人たち以外の生存者はあのふたりだけのようだった。
他の棟にも隊員が調査に回っているが、今のところ生存者は見つかっていないと言う。
クリスとジルを連れて、ふたりの待つ場所へ戻ると、待ちきれなかったのか、ナマエが陰から飛び出してきた。
その後ろをルイスが歩いてついてくる。
「レオンさん!すごい音がするし、中々戻って来ないので心配していました」
「悪かった。彼に助けてもらったんだ」
「え!どこも怪我してないですよね?大丈夫ですよね?」
「ああ、元気だよ」
落ち着きのないナマエだったが、レオンの何でもない様子にやっと安心したようだった。
ルイスに「だから言ったろ?」と言われているところを見ると、相当心配していたことがよくわかる。
レオンがふたりにクリスとジルを紹介をしていると、大きな音と共に建物が揺れた。
音は階下から聞こえてきたように感じる。
レオンは昔、警察署で味わった恐怖を思い出した。
それはクリスとジルも同じようで、ふたりとも険しい表情をしていた。
レオンは、ナマエから鞄の中の冊子を出してもらうと、あるページを開いた。
「今の音は、恐らくこれだ。どの状態なのかはわからないが……」
ルイスとナマエの顔から血の気が引いた。
当然、彼らは本物を見たことがない。
こんなクリーチャーに敵うのだろうか、とでも思っているのだろう。
勝算はどうであれ、部隊の隊員と合流できたことは大きい。
このタイラントの亜種の狙いはワクチンであるという予想があたっているかわからないが、遭遇して見逃してくれるほど虫はよくない。
それは経験上、否定したくなる程わかっている。
「この上の階は大体一掃できている。レオンと俺で前を行くから、ジルは後方警戒。身の安全確保が最優先だが、武器を持っているルイスは戦闘の援護、ナマエはワクチンの輸送を頼む」
唸り声がすぐ下の階で聞こえた。
もう時間がない。
ナマエが心配そうにジルの方を振り返ると、彼女は「大丈夫よ」と言ってウィンクした。
それぞれが武器や荷物を担ぎ、隊列を組むと一斉に駆け出した。
部隊だけのように俊敏に動くことはできないが、それでも遺体や、クリーチャーの死骸が散乱する廊下を走り抜けて、階段を一気に昇った。
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