ルイスが持ってきた資料をテーブルに広げると、ナマエは恐怖で青ざめた。
彼はワクチンと一緒に、秘密裏に研究されていたクリーチャーの詳細が記載されている冊子も奪ってきたのだ。
彼女が横目でレオンの様子を伺うと、表情は涼しげなままだった。
エージェントだから怖くないのだろうか、と疑問に思っていると、ルイスが代わりに口を開いた。
「なあ、レオン。あんたはコイツを見ても何とも思わないのか」
「ああ」
「随分と肝の座ったエージェントさんだな」
ルイスと同じように、ナマエもレオンを賞賛の眼差しで見つめた。
それに気づいたレオンが、自嘲気味に笑う。
「俺はこれと闘ったことがある。ラクーンシティの生き残りだ」
彼のその告白に、さすがのルイスもことばが見つからないようだった。
何とも思わないのではなく、あの事件の生存者だったなんて。
ナマエには想像の範疇を超えていた。
何とも言えない沈黙が続いていたが、レオンが気を取り直して話を進めた。
「俺が先頭を行って道を確保する。ルイスは援護と後方の確認を頼む」
「任せとけ。ここまでに来る途中、教員の私物をもらって来たぜ」
ニヤリと笑ったルイスはハンドガンの弾やショットガンをバックから取り出した。
それを見てレオンは力強く頷いた。
武器の数は多い方が心強い。
「ナマエ、君は俺らの間にいてくれ。もし怪我をした時は頼んだ」
「はい……」
レオンがルイスに、ふたりでいた時のことを話していた。
ルイスが「役立つ物、持ってきたな!」と褒めたが、ナマエの表情は暗いままだった。
「私、自分の身すら守れなくて……迷惑かけてごめんなさい」
ぽつり、とレオンに謝った。
「レオンさんの怪我だって、私を逃がしてくれた時に……」
「気にするな。それに、俺は救急用スプレーくらいしか持ってない。全員で脱出するには協力することが不可欠だ」
「そうだろう?」と言うレオンの説得力の強さに、ナマエもいくらか前向きになれた。
武器を扱ったことのない彼女にとって、戦闘に関して逃げることしかできないのはこの状況で痛手に変わりなかったが、今はひとりではない。
3人で脱出するためには衛生品の確保も必要で、互に補い合うことが重要なのだ。
「それと、ワクチンなんだが、俺は必要ない」
「ああ、俺もだ。向こうで簡易血液検査した」
「……」
黙ったままのナマエの表情が、再び暗くなった。
そして、意を決したように、また鞄を漁り、何かを取り出した。
レオンはまた飴かと思ったが、口を固く結んだ彼女が差し出したのは個包装されたシリンジと注射針だった。
「こんなんまで持ってんのか!」
「だって……ルイスさんがワクチンって言ってたから」
「ナマエは準備がいいな」
体内に抗体があるのかわからないナマエは、まず採血が必要だった。
話合った結果、生物への注射に慣れているルイスが行うことになった。
採血が決まった時から既にナマエの身体は強ばっている。
「おい、ナマエ……深呼吸して力抜いてくれ」
やっと浮き上がった血管の上を撫でるルイスが、彼女の用意したウェットティッシュとエタノールでそこを拭うと、気化熱によって途端に患部はひんやりとする。
それだけで、脳が「針を刺される」という認識をして緊張が走った。
椅子に座ったナマエに、レオンがしゃがみ込んだ。
「ほら、握ってれば少しは気が紛れるだろう」
「ありがとうございます……」
差し出された彼の手を恥ずかしそうに握ると、それを見計らってルイスが彼女の腕に針を刺した。
途端に、レオンの握られた手に圧力がかかる。
彼にしてみれば大した力ではないのだが、ナマエの手はぷるぷると震えていた。
シリンジの3分の1程が血液で満たされると、ルイスは彼女から針を抜いた。
「……はあっ」
ルイスが手際良く患部を拭い、ナマエに止血を促す。
そして、何らかの試薬の入ったマイクロチューブに血液を注いだ。
すると、鮮やかな赤が、黒っぽいそれに変わった。
ナマエは不安そうに彼の手元を見る。
「もう一回、注射だ」
ルイスのことばに、彼女は再びレオンの手を強く握った。
子どものような反応をするナマエは、余程注射が苦手なのだろう。
レオンは、そんな彼女がおかしくて、小さく笑った。
痛みに耐えるように目を閉じたナマエだったが、ルイスが二の腕に針を刺すと、遂に小声を漏らした。
「ああああ痛い痛い痛い……!」
二の腕から顔を背けてレオンにしがみつくナマエの姿に、ルイスは呆れ返っていた。
なんとかワクチンの接種を終えた彼らは、少し休んでから上の階へと向かうことにした。
階下と大学の敷地内は危険なことと、ナマエはヘリコプターを目撃したことから、そうすることになったのだ。
今は2階で、屋上に出られるまでまだ先は長いが、皆希望を持っている。
時間はかかっても、絶対に脱出しようとそれぞれが決意していた。
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