突如現れた救世主、彼の名はレオン・S・ケネディと言うらしい。
ナマエと彼との出会いはとんでもない状況であったが、ふたりは握手を交わした。
しかし、和やかな状況は長くは続かず、例の怪物が窓ガラスを割ったことに続いて同じ個体が2体も入り込んできたのだ。
「ナマエ、隣の部屋に隠れていろ!」
「はい!」
射撃に怯んだ怪物の隙を付き、レオンはナマエに逃げるように叫んだ。
彼女は彼の邪魔にならないように、蹴破られたドアから急いで廊下に出る。
隣の部屋というのは自身の研究室のボスの部屋で、まだ何者も侵入していないようだ。
昨日、この部屋でボスや仲間と談笑していたことを思い出す。
今は丸っきり状況が変わってしまい、言い知れぬ恐怖に襲われた。
ぶるぶると再び震えが込み上げてきたが、研究室からガラスの割れる音が盛大に聞こえてきて意識はそちらに向かう。
「レオンさん……」
彼が無事かどうか心配で堪らなかったが、研究室に行っても何の攻撃力にもならない自分は足手纏いになるだけだ。
さらに発砲音と衝撃音が交互に聞こえ、静かになったと思ったら勢い良く部屋のドアが開いた。
よかった、彼は大丈夫だった。
しかし、彼は自分のことよりナマエの心配をしていたらしく、彼女の姿を見ると表情を緩めた。
「無事でよかったです……」
「ああ、あれくらいどうってことない。それより君はどうしてこの大学に?」
感染者や怪物に気がつかれるのを少しでも防ぐため、部屋の電気はつけていない。
薄暗い空間の中、声を落として彼はそう訪ねた。
その間にもハンドガンに弾を詰めるのを欠かさない。
「どうしてって、ここの学生です」
その返事を聞いて表情にこそださなかったが、レオンは驚いた。
とても大学生の年齢には見えなかったので、質問したのだ。
自分と比べると年齢の割に幼い顔立ちをしているように思える。
そんな彼女が何か言いたそうだったので、先を促した。
「あの、レオンさんこそどうして?ヘリコプターで来たんですか?」
「いや、俺は政府のエージェントで、この大学での不穏な情報を元にパートナーと調査していたんだ」
「エージェント…?」
「まだ訓練中だけどな」
ナマエは驚いた。
素早い身のこなしから、ただの警察官ではないだろうと思っていたが、まさか政府のエージェントなんて。
それに、文句のつけようのない整った顔立ちに、一緒にいるのが恥ずかしいくらいだ。
上手く顔を見て話せないナマエが目を泳がせていると、あることに気がついた。
「レオンさん、腕……」
半袖のインナーから露出している右腕の肘下を、ナマエがそっと指差す。
そこには小さな切り傷が複数あり、血が滲んでいた。
「さっき、思い切りガラスの破片を被って頭を庇った時にできたみたいだ。大したことはない」
「だ、だめです!」
そう行ってから、慌てて口を抑える。
思わず大きな声を出してしまった。
小さく、「ちょっと待っててください」と言うと、彼女はレオンの目の前で鞄を漁った。
状況が状況だからか、今まで控えめだった彼女が急に大きな声を出したものだから、レオンも大人しく彼女の行動を見ていた。
「傷、見せてください」
レオンが腕を差し出すと、ペットボトルを傾けて水を流す。
ガラス片等のゴミが付着していないかじっと見て確認すると、紙製不織布でやさしく水分を吸った。
そして、消毒用エタノールをシュッシュッと数回吹きかける。
レオンは小さな痛みに息を詰めたが、彼女の「できました」という声に礼を述べた。
「本当はガーゼがあればよかったんですけど」
「消毒、ありがとう。こんな事態で勿体ないくらいの処置だ」
彼女の頭に軽く掌をのせると、はにかむように笑った。
それに釣られてレオンも微笑んだ。
その時、彼女の鞄の中で携帯電話が振動した。
それに気づいて急いで取り出すと、ルイスからの着信だった。
「もしもし!」
『ナマエ、今どこだ』
「研究室の隣の……A237です。ルイスさん無事なんですか!?」
『わかった、もうすぐ着く』
それだけ言うと、彼はすぐに電話を切ってしまった。
息は荒かったが無事なようで、マリコも安堵の表情を浮かべている。
レオンが「知り合いか?」と聞くと、彼女は「サークルの先輩です」と答えた。
「彼が到着したら一度計画を練ろう」
「はい」
「ここはもう、ただの災害現場じゃない。感染者やクリーチャーで溢れ返っている」
窓の外に目を遣るレオンの表情は先程と打って変わって、悲しみとも怒りとも取れる複雑なものだった。
自分より年上の彼のそのような姿に、ナマエは何があったのか気にはなったが、酷く辛そうな顔をするレオンに素直に聞くことができなかった。
「あの、レオンさん、これ……」
その代わり、少しでも気が紛れれば、と思って鞄から個包装の飴を取り出した。
思わぬ行為に目を丸くしたレオンだが、やさしい表情に戻った彼は、自分の骨ばった手よりも一回り以上小さな掌から飴を受け取り口に含んだ。
「ありがとう」
そう礼を言ったかと思えば、彼はすぐに立ち上がった。
そして、ハンドガンを構えてドアの取っ手を引く。
笑顔に戻ったレオンを嬉しく思っていたナマエは、彼の俊敏さに驚き鞄を抱きしめたまま座り込んでしまった。
「おい、俺は人間だ!感染もしてないって」
小声でそう訴える男に、レオンはハンドガンを下げた。
「ルイスさん!」
彼がナマエの先輩だということがわかり、すぐに部屋に入れる。
レオンは外の気配を伺っているが、何もいないことを確認すると、すぐにドアを閉めてふたりに向き直った。
「心配していたんですよ」
「遅くなって悪かったな」
再会を喜ぶ彼らに、身が引き締まった。
絶対に生きて、ここから脱出する。
レオンは改めて自分自身にそう誓った。
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