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part from daily
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ナマエは、頭を抱えていた。
水やりを終えて研究室に戻り、計画の立て直しをしている。
実験の結果がうまく出ず、当初の予定よりも大幅に遅れが生じてしまっているのだ。
どうすれば辻褄を合わせられるだろうか。
期間が限られているため、どこかで妥協しなければならないのか。
溜息をついて、とりあえず一度パソコンの電源を落とすことにした。
USBメモリに今までのデータのバックアップを取り、それを鞄に閉まった。
その時、携帯電話の着信を知らせるライトが光っていることに気づく。
見てみると、それはルイスからだった。
しかも、伝言メッセージが入っているようで、珍しいなと思いながらそれを聞いた。

『俺だ。遺伝子実験設備を中心に生物災害が発生した。これから医学部棟にワクチンを取りに行く―』

何が何だかわからなかった。
いつも調子のいいおもしろい先輩が、とても真剣な声だった。
ふざけてるとも思えない。
突然のことに戸惑っているが、メッセージを何度再生しても事実は変わらなかった。
そして、さらに驚愕したのは、彼からの着信時間が今から1時間も前なこと。
ここから逃げた方がいいのではないか、という考えが頭を過ぎったが、ルイスは閉じ篭っていろと言う。
ナマエはとりあえず、メッセージを確認したことと、自分の居場所を彼にメールで伝えておいた。
生物災害というと、数年前のラクーンシティ壊滅事件が記憶に残っている。
人食い事件等と言われていたが、結局は放射能汚染だったとか、今でもハッキリしないことが多い。
シャットダウンする前に目の前のパソコンで調べてみたが、やはりそれ以上のことはわからない。
事態の把握ができないことに恐怖を感じたナマエは、研究室の2つあるドアの片方は施錠し、念のため窓の鍵も全て施錠した。
連絡手段が立たれると命に関わるので、パソコンの電源は落とさず、携帯電話は充電し、何かわかった時にすぐに移動できるよう、荷物の確認をすることにした。
手持ちの物は、筆記用具やポーチ、タオル、財布など、さらに非常事態に役に立ちそうな物だと、小型のライトやウェットティッシュ、絆創膏くらいであろうか。
その他に何か研究室内で使えそうなものがないか考えていると、彼女の携帯電話がメールの受信を知らせた。
ルイスからかと思い確認すると、それは大学の事務からのメールだった。
彼は生物災害発生と言っていたが、大学がまだ機能していたことがわかりナマエはほっとした。
もしかしたらそんなに大したことにはなっていないのかもしれない。
そう安心したのも束の間、文面を読み進めると彼女は息を飲んだ。

緊急
---
本日、8時頃、遺伝子実験施設及び医学部棟、薬学部棟で生物災害が発生しました。
9時45分を以て大学敷地内を封鎖いたします。
避難者の方には政府からの簡易検査が行われるのでご協力お願い致します。
また、生物災害の被害状況ですが、避難者の目撃情報によると感染したと思われる学生や教員におそわれtttttttttttfdxzvc
※本メールは、大学事務システムより、自動送信されました。なお、本メールは送信専用メールですので、このメールアドレスには返信しないようお願いします。

感染者に襲われる。
考えただけでもゾッとした。
この様子だと大学の事務も被害に遭ったのだろう。
大学の封鎖まではあと数分だった。
しかし、ナマエは武器になるようなものは持っていない。
どうあがいても時間内に自力で大学の外に脱出できるとは思えなかった。
まだ電気は通っているし、生き延びるためには助けを待つしか方法はない。
慌てて、もう片方のドアの鍵を掛けると、何か身を守れる物はないかと研究室を物色した。
ガラスやプラスチック器具は使えない、薬品類も自殺を図るのには使えるかもしれないが、今は無意味だ。
拳銃は持っていないし、ここに何かを攻撃するための刃物はない。
結局、使えそうな物は切り出し用の小さなメスくらい。
ルイスがワクチンと言っていたため、必要になるかもしれないと思い消毒用エタノール、シリンジと注射針も何組か確保した。
あとは引き出しにストックしておいた飴やチョコ、冷蔵庫の中のミネラルウォーターくらいしか役には立たなそうだった。
こうしてわかったことは、襲われたら終わりだということだ。
感染者に自分の存在を気づかれたらと思うと、その先は考えたくなかった。
大きめの3WAYバッグにすべて詰め込み、充電を終えた携帯電話もバッグのポケットにしまいこんだ。
聞きなれない音にふと窓の外を見ると、遥か上空の方でヘリコプターが飛んでいるのが見えた。
もしかしたら、事態を察知した警察か何かが助けに来てくれたのかもしれない。
早くも脱出の糸口が見えたと思ったナマエはデスクの上に身を乗り出した。
もう少しすればこっちに降りてきてくれるかもしれない。
そう期待に胸を躍らせ目線を下げた時、この世とは思えない物を見てしまった。
農学部棟のエントランスに感染者の集団が入り込んでいる。
皆、覚束無い足取りで両手を前に伸ばして彷徨っていた。
恐怖で心臓は痛いくらいに鳴り、思わず鞄の取っ手を握り締めた。
どうすればいいのか、ルイスからの連絡はまだ来ない。
いや、こんな状況では連絡などできるはずがない。
もしかして彼も巻き込まれてしまったのだろうか。
必死に脱出方法を考えるが、窓から見える感染者の数に気が遠くなる。
その時、窓越しに上から何かが落ちてきたのが見えた。
早すぎて何かはわからない。
鞄を肩に掛け、恐怖に震えながらも窓から少しづつ後ずさる。
どうか気のせいであってくれ。
そんな願いも叶わず、実験台の間を後退するナマエの目の前の窓には、4足歩行で筋肉が剥き出しの何かが張り付いていた。
足が動かない。
得体の知れない生き物に、身体は硬直した。
露出した脳はどう見ても人間のものだった。
爪は長く鋭い形状をしているが、目は見えていないらしい。
ナマエの呼吸が荒くなる。
それに反応したように生き物の頭が動いた。
そして、大きく振りかぶるとその鋭い爪で窓ガラスを貫いた。
ガラスが砕ける音と、ナマエの悲鳴が重なった。
この怪物に殺される。
頭でそう思っていても、腰が抜けて上手く立っていられなかった。
先程まで彼女が使っていたパソコンはあの怪物の下でパチパチと火花を上げている。
もう駄目だ。
やられるのを覚悟して固く目を閉じた。
すると、背後で大きな音がした。
今度は一体何なんだ。
でも、もうどうせ死ぬ。
実験台に体重を預けて目を瞑ったまま震えていると、急に何かに引っ張られた。
そのすぐ後に数発の発砲音と、気味の悪い鳴き声がして、すぐに静かになった。
怖くて開けられなかった目を、恐る恐る開けてみると、心配そうに自分を見つめる男性の顔があった。

「怪我はないか?」
「……」

ナマエが小さく頷くと、彼は安心したように目を細めた。


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