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othere
たなぼた

デスクワークとなると途端に集中力が途切れがちになり、今日もクリスは残業を喰らっていた。
酷使した目をゴシゴシと無造作にこすり、欠伸を噛み締めながらホールを抜ける。
署の外に出て深呼吸すれば、どこか空気が湿っぽい。
無駄だと思っていたが、傘を持ってきていて正解だったかもしれない。
夜空を覆う厚い雲を見上げ、クリスは足早に敷地を通り抜けてまだ頻繁に自動車が行き交う道路と並ぶ歩道まで出ていった。
その時、背後で乾いた破裂音がした。
反射的に音がした方に振り返るが、騒ぎや人だかりのようなものはない。
聞き間違いではなかったはずだ、と規則的に並ぶ街灯の下を目をこらして見るとしゃがみこむ人影があった。
先程の音との関係はわからなかったが、クリスは駆け足でその人影のもとへ向かった。

「何かあったのか?」

ちょうど立ち上がった女性に、息ひとつ乱さない彼は単刀直入に聞いた。

「自転車がパンクして……」
「もしかしてさっきの音って」
「ええ、そうです」

拳銃の発砲音にしては軽いと思っていたが、ただのパンクで良かったとクリスはほっとした。
しかし、目の前の彼女が困っていることに変わりはない。

「すっかり空気が抜けてるな」
「急にパンっていったので驚きました」
「家までは近いのか?」
「え?あー……その」

畳み掛けるような口調に彼女は口ごもった。
それもそのはず、初対面の男性に何でも話す女性はそうそういないだろう。

「悪い、俺はそこの隊員なんだ。つい癖であれこれ言ってしまった……」
「いえ!私こそ……」

クリスはジャケットの胸ポケットからスターズの手帳を出して苦笑した。
一方、彼の正体がわかると彼女は目を丸くした。
あの特殊な任務を担う隊員が、という顔をしている。
互いに頭を下げ合っていると、彼らの頭に冷たい物が落ちてきた。
それは徐々に数を増し、みるみるうちに大粒の雨に変わっていった。

「タイミングが悪いな」

クリスが持っていた傘を広げ彼女に手渡した。

「あの……?」
「自転車は俺が持つよ。君は家までの道案内を頼む」
「そんな、いいんですか!?」
「もちろん」
「ありがとうございます、本当に助かります」

パンクしてしまった後輪を地面から浮かせて自転車を引くクリスに、少しでも雨がかからないよう彼女は大きな傘を精一杯腕を伸ばしてさした。
クリスは、まさか残業後に時折見かけて気になっていた女性とこのように知り合えるとは思ってもおらず、口元の緩みを抑えるので必死だった。
彼女でなくても助けていただろうが、困っていたのが彼女で、かつ助けに行ったのが自分で良かったと、クリスに少々の下心が生じたことを彼女が知るのはだいぶ後の話である。


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