倉庫と小説兼用 | ナノ




part from daily
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まだ空が薄暗いうちに家を出た。
そんなことだからまだ朝だというのに瞼が重い。
2階にある研究室の鍵を開けて、部屋の隅のデスクへ荷物を下ろすと一息ついた。
栽培している植物に水を与えに行かなければ。
研究計画を練り直すのはそれからだ。
ナマエはぐっと伸びをすると、一度研究室を後にした。

彼女が各恒温室へ水やりに行っていた頃、医学部棟と薬学部棟の間にある遺伝子実験施設の地下で異変が起こっていた。
コンピュータで管理されていた無数の装置や密閉容器の扉が一斉に開いたらしい。
制御室の中からけたたましいサイレンが聞こえる。
これまで多少の不備はあったもののこのような事態は初めてで、プログラムのバグと考えるのには無理がある。
誰かが人為的に操作したと考えるのが賢明だろう。
各フロアに取り付けられたスピーカーから、非常事態を知らせるアナウンスが流れた。
まだ午前中の早い時間だったが、研究室の朝は早い。(もしくは徹夜によって夜が長い)
白衣を着た学生が、困惑した表情で何人も廊下に顔を出して辺りの様子を伺っていた。
ルイスも例外ではなく、サイレンの音にクリーンベンチ内の手を慌てて引っ込めると、ゴム手袋を外して速やかにスイッチを切った。
たまたま遺伝子実験施設2階のある一室を借りていた彼は、廊下に出ると飛び込んできた様子に目を見開いた。

「おい!大丈夫か!」

エレベーターホールの方から白衣を真っ赤に染めた学生が、壁に手を伝いふらふらと歩いてくる。
急いで彼を支えて呼びかけるが、余程出血が酷いのか、そのまま崩れるように座り込んでしまった。

「しっかりしろ」

呼吸は浅く、傷口は見るからに深そうだ。
それでも彼は、懸命にルイスへ何かを伝えようとしている。

「無理してしゃべるな」
「これ……これを……」

震えてる彼の手に握り締められているのはくしゃくしゃのメモ用紙だった。
それをルイスが受け取ったのを見ると、彼は息も絶え絶えにことばを続けた。

「教授が……生物兵器を……そのワクチンの場所が書いてある……」
「わかった、取ってくるからラボの中で待ってろ」

ルイスが彼を抱えようと脇に手を回すと、それを彼に払われる。

「おい……」
「教授の……作った怪物に襲われた……」
「怪物?」
「俺より、残っている生存者を救ってくれ……」

白衣のポケットに隠していたハンドガンと数箱の弾丸をルイスに押しやると、返事をする前に彼は息を引き取った。
サイレンの鳴り止まない建物でパニックになりそうだったが、名前も知らない彼が瀕死の状態でここまで来てくれたお陰で少し状況を把握することができた。
恐らく、この中にいる学生は訳も分からず避難のために1階のエントランスに殺到しているだろう。
手渡されたメモを広げると、『Tワクチン、医棟Cb07』と走り書きされていた。
ここ、遺伝子実験設備の棟と医学部棟は3階の渡り廊下で繋がっている。
しかし、ワクチンの所在が地下となると、エントランスから外に出て行った方が早いと考えるのが当然だ。

「物騒なモン、渡されちまったなあ」

血だらけになっている彼の白衣を隠すように、自分の白衣を脱いで彼の遺体へと掛ける。
絶命した彼を目の前に、この建物に生存者はどれくらいいるのだろうと考えてしまう。
その時、ふとナマエのことが頭を過ぎった。

あいつ、確か……

先日、農学部棟で顔を合わせた時の彼女と交わした言葉を思い出す。

『毎日、意欲的だなあ』
『今週は当番なんで朝が早いんですよ。それにルイスさんみたいに留年はいやですからね』
『おいおい、勘弁してくれよ』

腕時計に目をやると、針は8時半を指す。
恐らく、ナマエはもう大学へ来ている。
ここから農学部棟までの距離はそれなりにあるが、それでも同じ大学の敷地内だ。
彼の言っていた『怪物』というのがどんなものかわからないが、生物兵器というからには危険なことに変わりはない。
この惨状を伝えなければと、彼女に連絡を取るために携帯電話を取り出した。

「もしもし……!」

通話状態になったと思ったら、留守電への切り替わりの音声だった。
ルイスは小さく舌打ちをすると、機械音が終わるのを待った。

「俺だ。遺伝子実験設備を中心に生物災害が発生した。これから医学部棟にワクチンを取りに行く。家にいるなら大学には来るな。もう来ちまってんなら研究室に閉じ篭ってろ」

必要なことだけ一気に言うと、ルイスはハンドガンを握りしめて階段へと向かった。
駆け足で降りようとしたその時。
階下から耳を劈かんばかりの悲鳴が聞こえた。
それを皮切りにしたように、一気に悲鳴の数が増えた。
一瞬にして身体が強ばる。
このまま降りてはいけない、本能がそう言っているように感じた。
後退りをして階段を昇る。
その時、目に入った窓の外の光景に吐き気を覚えた。
人が人を食べている。
にわかに信じられなかったが、そうとしか見えなかった。
これが、彼の言っていた怪物なのか。
しかし、姿は人間である。
ならば、生物兵器による作用だというのか。
生物兵器、その単語にワクチンのことを思い出す。
こんなところでグズグズしているわけにはいかない。
選択肢はひとつに限られた。
ルイスは急いで3階の渡り廊下へと向かって走り出した。


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