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 ソアとエリスは、イリスの一歩後ろで事を見ていたが、兵士の一人がイリスに掴みかかったのを見るとたちまち緊張感が走った。
 思わず武器を手にしようとするが、イリスの受け身の対応を見たソアは堪えることが出来たが、エリスは先の発言にも腹を立てていたのもあり、止めるよりも先にすかさず掴み返しにいっていた。

 確かにソア自身も、そろそろ堪忍袋の尾が切れそうではあったもので、些か爽快ではあったが、エリスと兵士達の言い合いには苦笑いを浮かべる。
 エリスの乱入により、イリスが深い溜息を吐いているその気持ちも分からなくもない。
 すると、誰かが通り過ぎるのを感じ、ソアは驚き隠せず目を丸くしてその人物の背中を見た。
 警戒心が強く、周囲の空気に敏感なソアですら、気配が全くしなかったのだ。

 すらりと伸びた背丈の男は、夜明け前の空の色を匂わす紫の髪。
 派手にも見えるが気品のある赤に金縁のあるベストは、二股に別れ右側の後ろ裾だけが長く膝裏ほどまであり、左側は畳んだように短いひだが付いている。
 腰には仕立ての良さそうな一反の布が巻かれ、そこに不気味に笑う黒い仮面が金の紐で吊り下げられていた。
 清潔さを漂わせる白のシャツとスカーフに、その整った体格を魅せる白のパンツには縦に黒いラインが入っている。
 膝上丈の黒のブーツの踵を揃え、その男は眉間に皺を寄せ、落ち着いた声色ではあるものの、艶のある声で「今の言葉は、流石に心無いのではないでしょうか」と、言いながらエリスと兵士を離した。
 その声はまるで魔性の声であるかと思うほどに心が落ち着き、そして彼の動きに目を奪われる。

 あれだけ怒り狂っていた兵士も、男の言葉に圧倒されていたが、少しすると首を振って自我を取り戻したのか、少し焦ったような顔で男を睨みつける。

「なな! 何だ、お前は!」

 するとその男は一瞬驚いたような顔をすると、やんわりと笑顔を畳んで右手を体に添え、左手は横に平行に差し出すと丁寧に頭を下げ、お辞儀をする。
 一つ一つの気品ある動きに、思わず見惚れてしまう程であるとソアは思った。

「おや、顔は知れていると思ったのですが…ルベウス大佐です。今回の件で軍士隊長殿に用事がありましてね」
「ル、ルベウス大佐!? そ、それは、大変失礼致しました!」

 兵士はルベウスの名に肩を強張らせたが、引き抜いていた剣を即座に鞘に戻し敬礼をする。
 ルベウスはそれに何故か驚いた表情を見せるがすぐに笑顔になると「実は…」とだけ言葉を漏らす。
 すると蚊帳の外に居たはずのソアの手を引き寄せ、二人の間に挟むとイリスとエリスの肩を抱き寄せてにっこりと微笑む。
 一体全体何が起こっているか分からない三人は、頭の上に疑問符を浮かべながら男を見上げると、彼は三人に口をつぐむように人差し指を立てて口元に置いてみせた。
嫌な予感がする。

「この子達は私直属の部下なので面識が無いかもしれませんが、確かにクレデルタ宛の書物も持っています。先ほどの書状がそうであったのに、慢心とは関心しませんね…きちんと仕事をしなさい」

 ルベウスと名乗る男は声を落としてそう言うと、兵士は先ほど投げ捨てた書状をそそくさと拾い上げ、先程の態度とは一変、イリスへと書状を丁寧に渡すと敬礼を更に整える。

「全くその通りであります大変失礼致しました!」
「ルベウス大佐、有難きお言葉ありがとうございます!」

 ルベウスに羨望の眼差しを向ける兵士は、先ほどとは打って変わり、きらきらと輝いている。

「では真面目にお勤め下され。さ、皆さん行きましょう」
「え、ちょ…」

 異を唱えようとするイリスに、ルベウスは優しく笑うと三人にしか聞こえぬように囁く。

「さあ、走って」

 三人はその言葉に更に疑問符を増やしたが、漸く状況を理解したのか不自然に思われぬように早足で門をくぐり抜けた。

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