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「…何でしょう…」
イリスは本へと向けていた視線をどこに向けるでもなく、宙に投げて呟く。
その声に、向かいのソファで横になっていたエリスが薄く瞼を開いた。
「…どうした、イリス」
「騒がしくはありませんか?」
まだ眠たげな目を擦るエリスに、イリスは人差し指を立てると小さく振って周りの音を聴くように喚起する。
耳を澄ませてみると、確かにイリスが言う様に、人の声が波をうったように聞こえてくる。
今まで線を張ったかのように無音だったはずが、今は段々と大きく聴こえてくる。はっきりとは聴こえない分、何処か不気味だった。
エリスは立ち上がり、ソファに立てかけていた剣を持つ。
「…外、見てこようか?」
「いえ、僕も気になるので一緒にいきます」
そんな会話をしていると、部屋のドアが控えめに二度叩かれた。
部屋に掛かっている時計は、深夜を指している。二人の不安は増し、お互いに顔を見合わせた。
「誰だ…」
「エリス、待って下さい」
ドアを開けに行こうとするエリスを制し、イリスは自身も剣を取るとドアノブに手をかけ、鍵を開けた。
それと同時に扉は勢いよく開かれ、一瞬にして黒い影が部屋へと入り込んでくる。
エリスはすぐに剣を抜いたが、扉の前にいたイリスの手は何者かに掴まれてしまい、そのまま扉は閉められ、二人はその黒い影を睨みつけた。
そしてそこに立つ黒い影の正体に、二人は唖然とした。
「ロ、ロキ…?」
目の前で飄々とした表情を浮かべているのは、ジュナに入る事を手助けしてくれた恩人のロキであった。
その人物の登場にも驚いたが、それよりもロキの服に付着しているおびただしい量の血にただならぬ事態を察した。
イリスはロキに掴まれた腕を払い除けると、すぐに距離を置いて鋭く光る切先を彼に向ける。
「夜分遅く申し訳ない。それと…警戒なさるのは分かりますが、まずは話を聞いて下さい」
「そうですか…。僕たちは話の前に聞きたい事がありますが、、見るからに、その血は貴方のものではなさそうなんですが…それは、なんですか…」
イリスは更に半歩後ろに下がり、ロキを見つめる。
彼は一つため息をつき、エリス、イリスへと視線を投げかけると、落ち着いた声色で答える。
「…そうですね、イリスさんの御察しの通り全て返り血です」
分かってはいたが、表情も変えずにそう言うロキに、イリスの剣を持つ手に力が入った。
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