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「本当は…大盤振る舞いしとるお部屋ってあるんやろ? そこぉ、ちょちょってできひんの?」

 妖艶なその声色に、どうしていいか分からない店主は、目を何度も瞬かせながら首を振る。

「いやぁ…そんなことしてないよ」「えー、それってほんま? なあ、冷たい事言わんといてえな! こないカヨワイ少女、やで? 野宿は危ないと思わへん?」

 困っていると知らずか、はたまた確信犯かは分からないが、少女はまた距離を縮め。
 この少女は誰にも止められないと確信した二人は、巻き込まれまいと一歩後ろに下がっていたが、二つの鍵を手にしていたソアは意を決して声を上げた。

「あ、あの…お姉さん!」
「ん? え、嫌やわ! 他のお客さんもおったんやなあ! 騒いで申し訳ないわあ」
「あ、そんなことないですよ。あの、実は部屋空いてるんですけど」
「え、そうなん? でもさっき無いっておっちゃん言うてたで」

 少女は小首を傾げて店主を横目に見ると「いや、それは…」と口を濁した。

「ほら、おじいさん。私、二人の部屋に移れるし大丈夫ですよ」

 ソアはそう言うと、片方の鍵を店主に差し出しながら、後ろに下がっていた二人の顔を見る。

「二人もこれでいいよね! あ、心配しないで。あたし床でもどこでも寝れるから」

 それには今度こちらが口ごもる番であった。
 どうやらソアは全くと言って良い程、年頃の女の子の考えなど無いらしい。

「え、いや、それはお前…あのなあ…」

 流石にエリスも単刀直入には告げられず、ただただため息を零すと、当の本人はそれに目を丸くしている。
 イリスは苦笑しながらエリスを見遣ると、ソアに尋ねる。

「ソアはそれでいいんですか?」
「え? なんで? 二人がいいならあたしは構わないし、それに困ってるんだし選んでられないじゃん」
「ま、まあそうだけどよ…」

 二人はソアのその快諾に、ぐうの音もでずに、無言の了承をせざるをえなかった。

「え、そないな事して平気なん?」「はい、全然大丈夫です!」

 満面の笑みでソアが答えると、赤髪の少女は肩を震わせながらソアを見下ろしていたが、ソアを引き寄せ、潰れてしまう程に強く抱きしめた。

「ほんまありがとーなー!」

 小柄のソアは丁度少女の豊満な胸に顔が埋まってしまったが、少女はお構いなしにぎうぎうと抱きしめる。

 その光景を見て素直に羨ましいと思った二人であったが、ソアが息が出来ず、二人に助けを求めていることに気が付いた。
 ソアも離すようにと赤髪の少女の胸を軽く叩くと、少女は漸く気付いたのかその腕の力を緩め、ソアは離してやった。

「ああ! ごめんなあ。あまりにもええこやからやで。堪忍なあ」

 少女はそう言うと、緋色の瞳を輝かせながら無邪気に微笑み、ソアの乱れた髪を整えながら撫でた。

「…だ、大丈夫、ですけど…」
「ほんま? ええ子やし、強い子なんやなあ」

 陽気に笑う少女のペースに飲まれたままであったが、本題を思い出したソアはあ、と声をあげる。

「…あの、お姉さんはこっちの部屋で大丈夫ですか?」
「ああ、それな! うん、どっちでもええで」

 部屋の番号を見る限り、一階と二階で別れてあったようで、ソアは一階の部屋の鍵を少女に手渡すと、蚊帳の外にいた二人に目を遣りながら階段を上がって行く。

「ほらいこいこ! あたし達は二階だよ!」

 そう言ってソアは満面の笑みで階段を走りあがって行く。
 もうこうなってしまっては仕方がない。話の流れからひてこうなる事は予想していた為、既に腹をくくった二人であったが思わず心の声がこぼれた。

「記憶喪失って…」
「怖いですね…」

 同じ事を思っていた為に被った言葉に、お互い目を合わせると苦笑しながら頷き、二人は部屋へと足を進めた。

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