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 そんなイリスをよそにロキはまた笑顔を取り繕うと、優しくソアの手を取り甲に軽いキスを落とす。
 稲妻が走ったかのようにソアと、何故かエリスも固まった。

「…お気遣い、どうもありがとうございます。ですが私はずる賢いですから大丈夫ですよ。ご心配なく、ソア嬢」
「え…え? 私まだ…」

 戸惑い、しどろもどろになっていたソアだったが、ロキの一言に眉を潜め、問いかけようとするが、彼はただ妖艶に微笑むと、イリスへと視線をかえる。

「それと、目立つ入り方をさせてしまったのには謝ります、イリスさん。また会えるといいですね、これからの道中お気を付けあれ…では」

 ロキは最後に、訝しげに見つめていたイリスに笑いかけると、先ほど兵士たちに挨拶したように恭しく腰を折る。
 その優雅な動きも様になっているのだから憎いものだ。
 彼はその言葉のあと、音も立てずに納屋の窓枠からつたって去っていった背中を見つめながら、エリスはほう、と息をつく。

「なんか…かっこいいな…」

 ぽつりと吐いたエリスの言葉に、イリスはこれでもかと言うほど嫌気が刺したが、本心を出すことを拒否した自分は下手くそな笑みを浮かべていた。
 きっとその口元は酷く釣っているのであろう。

「…そうですか? 僕には怪しさの塊なんですけど」
「え? そうか? いい人だったじゃねえか」

 けろりと我が弟は言いのける。
 楽観的なその言葉にソアも苦笑いを浮かべ、イリスは目を細めるため息をつきながら人差し指でエリスの額をつついた。

「少しは疑う心も大事です。僕とソアは名乗って居なかったのに名前を知っていたとあれば側に居たということですよ? そんな気配、全くしなかったのに。それに何の理由があって僕らを助けたんですか? 裏があるようにしか考えられません」
「そうか? イリスは考えすぎなんだよ。俺らあの時必死に考えてたし気づかなかっただけだろ?」

 エリスはそう言って笑い退けるが、それに対してイリスの引きつった口元は、更に酷く引きつる。
 何故だか知らないが、ロキの肩を持とうとするエリスに腹がたったのもある。

「…エリスはそうかも知れませんが、僕やソアはそんなことありませんでしたけどね」
「あ、お前今絶対俺の事馬鹿にしただろ!」
「誰にでも分かるような皮肉なので分かって当然です」
「なっ! …なんでそんなロキのこと疑うんだよ!」
「怪しさの塊だからです。本当に、頭のなかお花畑なんじゃないですか?」
「花畑? んなわけねーだろ! 脳が入ってるっつーの!」
「これだから馬鹿は…」

 ああ言えばこう言う、と言うのはこの事を指すのであろうが、ヒートアップしていく一方的な悪口が混ざる言い合いに終止符を打ったのは、この場で一番年若いソアであった。

「こら、二人とも! 何大人気ない事で喧嘩してんの!? 喧嘩はそこまで! これで入れたんだから良いってことにするの!」

 言い合いの末に距離を詰め合わせていた二人の中に割り込むと、ソアは二人の肩を押し退け、二人に諭すように言う。

「イリスの言い分も確か。でも、まだ分からないのも確かなの。それでいいでしょ?」
「…そうですね。ソアが一番正しいです。それに、ロキの言う通り僕たちも目立つなら、シャルト軍は大いに目立ってるはずですから行きましょう」
「…そうだな、そうしよう」

 冷静さを取り戻した言葉に、ソアは安堵の息をついて二人の顔を伺う。
 お互い不服そうな顔をしており、その表情があまりにも似ているもので、ソアは思わず笑ってしまったのだった。



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