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我が弟ながら、すぐに人を信じる所は長所であり彼の決定的な短所であると思う。
「そうか? なら遠慮なく…エリスだ。さっきは本当助かったよ!」
「エリス殿…とても良い名前です。いや、いいのです。だって貴方達は嘘は言ってないのでしょう? 通るのが筋ってものです」
ロキはそう言うと穏やかに、ただ瞳に強い何かを宿しながらに笑う。
イリスはロキの動作を一つも取りこぼすことなく見つめていたが、それに気付いたのか、ロキはイリスと視線を合わせると、また人の良さそうな作った笑みを浮かべた。
流石に居た堪れなくなったイリスは鼻で息をつき腕を組んで視線を逸らすと、ロキはくすりと笑いながら納屋にある窓から外の状況を確認する。
まだ探しているのか、丸わかりの声かけが響いている。
それで出てくるものは誰もいないであろうに。
「…先程のこともあります。早目に軍士隊長殿に身柄を保護されたほうが良いかと思いますな」
ロキは窓から体を離し「この村は、余所者はすぐに分かるものですから」と満面の笑みを浮かべる。
なんとも分の悪いことをさらりと言ってのける彼の腹の底は知れない、とだけイリスは思う。
そんなロキに、エリスは声を抑え尋ねる。
「軍士隊長がここに?」
「ええ、先ほど門番が喋っていたのを聞きましたので、確かかと。何、心配しなくとも、軍士隊長は先ほどの門番の様な横柄な態度は取りませんよ。きちんとあなた達の話を聞いてくださるでしょう」
目を細めて笑いながら言うロキに、今まで口を継ぐんでいたソアが、心配気に彼を見上げる。
長身の彼と目線を合わせるとなると、ソアは必然的に見上げることを余儀無くされていたのだ。
「あの…そう言うロキは大丈夫なの? 探してるのって私達とロキもだよね? だったら私たちと一緒の方がいいんじゃない?」
イリスは心の中で頭を抱える。
まさか慎重なソアまでが目の前にいる胡散臭いこの男に警戒心を解くとは、と思いながら、心の何処かでいやと自分の中で誰かが異を唱えた。
いや、彼女は自分とは違い、初めからとても心優しいではないか、と。
そして何より、誰にでも恐れることなく心を開き、優しく言葉をかけられるのはエリスととても似ていたではないか。
イリスが顔を上げるとロキはソアの言葉に少なからず動揺していた、様に見えた。
まるで予想外だ、とでもいう様な驚きとそして少し悲しげな表情を一瞬だけ見せたのにイリスははた、と目がとまる。
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