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 ソアはそれを見て目を丸くさせた。

「…これ、アニマさんのじゃ」
「あげるわ。私はもう使わないし、ソアには申請がすぐに通らないと思うからね」

 アニマが渡してきたのは、表面に少し傷が入った年季の入っているであろう旅券であった。
 ソアにはその意味がすぐには分からず、目を何度も瞬きアニマを見遣ると柔らかな朝日を背景に、微笑んでいた。

「…新しい世界を見れば、貴方の世界も広がるし、ソアの…何か記憶の手掛かりになるんじゃないかと思うの」

 その言葉にソアは嬉しくも、悲しくもあった。
 アニマが自分を思い、道を切り開いてくれた。だがしかし、それはきっとアニマと過ごすこの暮らしの最後を意味していたからだ。
 いつかこうなることは、こうして離れていくことは分かっていた。つもりだったのかもしれない。
 赤の他人がここまでしてくれたのが出来すぎていたのだ。ソアはただ頷いた。
 何時迄も迷惑をかけてはいけないと思ってはいたが、アニマとの生活はあまりにも心地よい時間で、現実を自分から遠ざけていたのは事実だった。

「…でもね、ソア」

 アニマは少し考えてからソアの手を包み込むと、それを頬に添えて至極幸せそうな表情で言葉を口にする。

「もし貴方の記憶が戻ったとしても、貴方と暮らせた事は忘れなんてしないし、それでさよならなんて言わないし、言わないでちょうだい」

 「約束してね」そう、アニマは穏やかな表情を浮かべると、ソアを見つめながら小さくなった体を抱きしめる。

「あいしているわ、ソア」

 その一言で、ソアの瞳から涙が、心から、今まで押し寄せていた不安も、愛も、全て溢れ出た。
 もうそれは止まることはなく、ただ本能のままにソアは泣きじゃくりアニマに縋り付く。

「アニマさん…私、私…もう記憶が戻らなくても…なんて…」
「いいのよ、ソア。貴方は私の愛しい愛娘なんだもの。離したりなんかしないわ」
「…ごめんなさい、私も、私もアニマさんの事、大好きです…離れたくなんてない…!」

 ありったけの想いを込めて抱き返すソアを、アニマは愛おしそうに撫でて額にキスを落とす。
 恥ずかし気にソアは顔をあげると、アニマの綺麗な黄檗色の瞳と目が合うと、懐しくそしてより一層悲しさが溢れ、何故か夢の中の彼を思い出した。


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