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「婆やにはそれだけでは無い様に思えますぞ。クロノウラト様、どうかお気を付け下さいませ」
「…うん、そうだね。でも、何か新しい事が始まるのかもしれないね」

 ひざまずく老婆に手を差し伸べ、クロノウラトは優しく微笑むと、視界の隅に映る月を見てそう言った。
 老婆はその手を取ることを躊躇ったが、クロノウラトから枯れた手を優しく掴むと立ち上がらせる。

 神と崇められようが、クロノウラトには関係のないことであった。
 ヒトと話すのであれば、ただ、対等でありたかった。ただの少年で居たかった。
 だがそうは言っても、この村の者たちがクロノウラトの思うように振る舞う事ができないと言う事、世間の目はそうではない事はとうの昔から痛いほど知っている。
 だからこそ、そうさせてしまっている自分のこの手で、人々を立ち上がらせることも出来るのだとひざまずく者たちに手を差し伸べていた。
きっと、この老婆はそれに気付いては居るのだろう。戸惑いながらにも、クロノウラトの気持ちを受け取ってくれる。

「申し訳ありません、クロノウラト様。…そう仰っているとなると、何か視られましたか?」

老婆は杖を握り直し、目尻の皺をそっと寄せて少年を見つめながら言うと、彼は苦笑しながら首を振る。

「僕にそんな能力ないの一番知ってるでしょ。なんとなく、だよ」

その言葉に老婆は薄く唇を開いたが、出掛けた言葉を飲み込んで口を閉じると、言い聞かせように何度も頷く。

「…そうでしたか。では、婆やはこれにて失礼いたしますぞ。」
「うん、そうだね。おやすみ!」
「おやすみなさいませ、クロノウラト様」

 老婆の小さな背中を見送り、扉が閉まると鍵の閉まる音が虚しく部屋に響いた。
 実際の所、こんな扉はクロノウラトの力を持ってすれば壊すことも出来るだろう。逃げ出すことも出来るだろう。

 だがそれをさせないのは、彼を慕う者たちや、結局は依存されることに慣れすぎたクロノウラトの弱い心のせいなのだ。

 首元で小刻みに動くリリアを、クロノウラトは優しい手つきで撫で、閉じた窓に映る月を仰ぎ見る。

「リリア、僕は…僕でいたいな」

 その言葉に、リリアは「キイ、キイ」と鳴き声をあげると、白い頬を転がる雫を落とさぬように舐めた。


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