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月の光は何処か寂しさを感じるが、それと共に不思議な力を持っている。
「リリア、見てご覧。今日は月がとても綺麗だね」
一見、少女と見間違えてしまいそうな顔つきをした色白の少年は、届く筈もない月に手を伸ばしてそう口にした。
部屋にある小さな窓は、外の冷たい空気と、虚しさを運んでくる。
外はもう暗い。
また陽が落ち、夜の帳が降りた事を知ることが出来た。
リリアと呼ばれたのは、ヒトではなかった。
それは栗鼠の様にも見えたが、どうやら違う様だ。
薄い茶色の体に、濃い茶の縞模様が描かれ、首元はふんわりとした柔らかい白い体毛が生えており、尻尾は九本、それぞれ弧を描くように膨れあがり、胴体よりも大きかったが、大人しく少年の肩に乗り、愛らしい大きなエメラルドグリーンの瞳は、月を仰ぐ。
「でも、なんだろう。最近ノジェスティエの力は不安定だ…」
誰に言うでもなく少年は言う。
月に照らされている少年は、まるで太陽の光を織り込んだような美しい金糸に、青空を広げたような瞳だった。
だが太陽のような少年は、太陽の光を浴びることは叶わなかった。
この世に生を受けた時から蘇生士として、このジュナを象徴とする神として崇められていたのだ。
彼が生きる事が許されたのはこの小さな部屋と、そして部屋によく似合う小さな窓から見える景色だけで、外に出られたとしても、蘇生士としての人形でしかなれないと言うのは、年若い彼には残酷な現実でしかない。
「クロノウラト様」
この部屋に一つだけある 扉が開かれ、蘇生士・クロノウラトは振り返る。
そこには体が縮み、背骨のくぐまった老婆が杖をついて立っていた。
「婆や! こんな時間にどうしたの?」
「何やら不穏な風が吹きますゆえ…夜風に長く当たられますと、風邪をひきますぞ」
そう良いながら老婆は大きく笑い声をあげる。
クロノウラトも釣られて笑いながら「大丈夫だよ」とだけ言うと、窓を閉めて足台を伝って降りた。
「それより、不穏な風って?」
クロノウラトが小首を傾げながら尋ねると、老婆は曲がった背を更に曲げて膝を着け、両手を合わせクロノウラトに伝える。
「明日、シャルト兵の軍士隊長殿が参られます。ヒンメル様に本日お会いしたところ、危険なオーラが見えるとか…」
「ヒンメルがそう言ってたの? それにクレデルタか…僕、記憶なんてこれっぽっちも思い出してないのになあ…」
クロノウラトは口を尖らせ、うんざりとした表情を浮かべてため息を着くと、老婆はゆっくりと首を振った。
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