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 すると、鈍く走る痛みは微塵にも感じられない。

「…全然平気」
「そう、それは良かったです」
「あの、えっと、…ありがと、イリス」

 思わず口をついて出てしまいそうな言葉を飲み込み、照れ臭そうにはにかみながらソアはそう言う。
 イリスは心の中で安堵の息を漏らす。彼女のこの微笑みに、今は一つも偽りはなかったからだ。
 イリスもソアに微笑みを返すと、振り返りエリスを視界にいれ、本題に入る。さあ、これが今二人の問題である。

「どうしましょうか、エリス。この分ではきっと何処も部屋なんて開けてくれませんよ」
「あ…! そうだよな…」

 そこまで頭が回っていなかったようで、目を丸くするや否や落ち込むエリスを端に、イリスはソアに一瞥をかけ、またエリスに視線を戻すと口を開く。
 
「まあ、このままジュナに向かうのが一番かもしれませんね。下手にこの村に留まるのは得策ではない様ですし」
「そうだよな。ごめん、イリス」
「別にそれはかまいませんよ。それに、ソアも送り届けた方がいいと思いますから。ただ、旅人小屋もないので野宿決定ですから早いとこ買い出しを済ませましょう」

 苦笑しながらイリスはそう返す。
 事件がなければこんなことにはならなかっただろうが、イリスがその場に遭遇したのなら、さながら同じ状況になっていただろう。
 すると、隣で事を見ていたソアがあの、とおずおずと声を上げたので、二人はソアに目線を向けた。

「どうした? ソア」
「いや、その…二人が良かったらなんだけど、私の家に来るのはどうかなって」 

 思ってもいなかった言葉に、エリスは目を丸くしたがすぐに首を振った。

「あ、いやそれは迷惑だろ」
「ううん。そんなことないよ。だって、私のせいでこうなっちゃったんだもん」
「気にすんなって。さっきも言ったけど、お前のせいじゃないだろ。別に野宿ぐらい俺たち構わねえし…」

 エリスにはソアが罪悪感から声をかけてくれたのは痛いほど分かったのだが、この誘いに乗ってしまったら、ソアの言い分を肯定してしまうのではないかと思い素直に頷くことは出来なかった。
 ソアは反論の言葉を口にしようと思ったが、眉尻を下げると口をすぼめた。

「…でも、まあそうだよね…。二人が嫌なら無理にとは言わないけどさ…」

 そう言って目に見える程に肩を落とすソアを見て、とうとう自分のフォローだけでは手に終えなくなってきてしまったのにエリスは気付く。
 エリスは直様イリスに助け舟を目線で訴えると、イリスは見えないように溜息を吐くと、エリスを掃けるように手を動かしソアの目の前に移った。

「ソア、すみません。嫌で断ったわけじゃないんですよ。信じてください。ほら、顔を上げて」

 イリスはそう慰めの言葉をかけると、ソアが顔を上げるた。
 目尻に少しだけ涙を浮かべており、エリスは余計に縮こまった。声にならないような悲鳴が聞こえた気がしたのは気のせいだろう、とイリスは思うことした。
 ソアはぽつり、と声を出す。

「…分かってるよ。でもね、今は闇の加護も強まってるし、二人をこんなことに…」
「では、ソアのお言葉に甘えさせて頂いてもよろしいですか?」

 ソアの落ち込む姿をよそに、イリスは満面の笑みでそう間髪入れずに尋ねると、ソアの表情は太陽のように明るさを増した。

「良かったー! エリスもいいんだよね?」

 ソアは胸に手を当てて微笑みながら尋ねる。
 固まったままのエリスに、イリスが肘打ちを食らわせると、我に返ったのか何度も頷く。

「え、あ…ああ!」
「じゃあ早いとこ行こうよ! 私の家はね、こことジュナとのちょうど間にあるの。今からなら夜には着くよ」

 そう言うと、ソアは幼子のように喜々としてステップを踏みながら路地から出ると、「早く!」と手招きする。

「あ、おい! 待て、一人で行くな! ソア、危ねえだろーが!」

 エリスはそんなソアを追いかけ、その背中を見据えたイリスは溜め息を盛大につく。


「…二人ともお静かにお願いしますよ…全く」

 そう呟いた言葉は、二人には届かなかったのだが。


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