17
 肺が押し潰されるのではないかと思う程全速力で町を走り抜け、ソアの手を強く握るエリスは路地裏入り物陰に隠れると、深い息を吐きながら座り込んだ。

「こ、ここまで来れば大丈夫だろ…」
「…そう、だね…」

 先程までの喧騒が嘘のような静けさの中、二人の荒い息が交互に聞こえる。
 ソアは真っ白になっていた記憶がぼんやりと取り戻されていくのを感じ、項垂れる銀髪のその人を見つめ、深く息を吸って息を整えると目を閉じ、少し前までの出来事を思い出す。

「ごめん…巻き込むつもりじゃ…」
「なんでお前が謝るんだよ。俺が勝手に入ってっただけだろ?」

 ソアの言葉を皆まで聞かずとも分かったのか、エリスは顔も上げずにそう言った。

「そんなこと…」

 無い。と、その後の言葉は、もう言えずにいた。ソアはエリスの行動に感謝をする。
 泣き顔など、もう見せたくなかったからだ。だが、一度堪えようとすれば、その反動として零れる涙は膨れ上がる。ソアは何度も涙を拭っていた。

 エリスは気付いていたのだ。だから振り返ることも、顔を上げることもしなかった。
 辛かった。怒りが止まらず、同時に悲しさが溢れ、自分の存在がこの村で異端であると言うのが染み染みと分かってしまった。


「…違うよ…ごめんなさい…」

 やっと口から出た言葉は、もう何も隠すことなく震えて、嗚咽が混じる。
 情けない。泣いてしまったらそれを認めるようで、負けてしまったようで抑えていたのに。抑えることなど容易であったのに、とめどなく涙が地面に落ち、乾いた地面が滲んでいく。
 熱い目頭を抑えるソアに、ひんやりとしたものが頬に触れ、ソアは顔を上げる。

「腫れてる…」

 エリスはとても悲しそうに呟き、優しい手つきで叩かれた頬を撫で言葉を紡ぐ。

「ごめんな。俺には治すことは出来ないんだ。俺こそ…本当ごめん」
「エリス…」
「そうだ! おあいこって事で…駄目か?」

 黄色の瞳がソアを写し、エリスは気恥ずかしそうにそう言うと困った様に笑う。

 その表情は、ソアの心の奥を温めた。

 何故かはわからないが、ソアはそう実感していた。
 昔からこの瞳を、エリスを知っているようで、そして自分はこの笑った顔を見たかったのだと。

 ソアは緩々と首を振り、消え入りそうな声で言う。

「ありがとう…」

 やっと言えた言葉。
 私はちゃんと笑えて、彼に言えただろうか。


/
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -