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「…迷信も信じたくなる。この女はな、たった一年で魔物にすら負けおじしない能力がある。戦狂と死の神と呼ばれるディラマルカにそっくりじゃないか」

 そう言った男は、エリスの後ろに居るソアを苦虫を潰した様な表情で横目で見ながら言葉を続ける。

「しかも、何だその髪と目の色は。忌々しい漆黒の色は文献のディラマルカと同じじゃないか! 黒はノジェスティエの色源の歴史には無い色だぞ。こいつが俺の子どもをさらったんだ! 悪魔に売ったんだよ! アニマが保護したと聞くからどんな奴かと思ったが、こんな疫病神な奴とはな。落ちぶれたな、軍の貴族も!」

 途切れる事もなく罵詈雑言を叫ぶように言い終えると、男はまた高笑いを上げる。そんな光景をやけに落ち着いた思考回路の中でエリスは吐き気を覚える。
 黙って聞いていればただ迷信を並べ、恐怖と不安の種を弱い少女であるソアに押し付け、傷つけていくだけだ。
 エリスは眉根を更に潜め、異を唱えようとするとぽつりと声があがる。

「…関係ない筈です」
「あ、なんだって?」

 その声はエリスの背後からした。
 エリスが振り向くと、ソアは顔を上げて男を見据えながら一歩前に出る。
 エリスの横を過ぎる時に見えた表情は、何を思っているのか分からない程に静かで、引き止める事など出来ず、行き場の無い手は下ろされた。
 だが、その後ろ姿が全てを悟らせた。後ろ手に組まれた拳は怒りを抑える様に固く結ばれていたのだ。

「…アニマさんは私とは関係ないはずです。それは、貴方たちが一番分かるでしょう。アニマさんは貴方たちの為に…」
「ごちゃごちゃと煩いガキだ!」

 至って冷静な声色だと言うのに、そこから怒りが滲み出るソアの言葉に、男は顔を真っ赤に染めて彼女に掴みかかる。
 エリスは二人の間に割って入ろうとするが、だがその前に周りで事を見ていた民衆がエリスを抑え付ける。

「…おい! 何すんだ、離せよ!」
「これは俺たちの問題だ! これ以上口だすなよ旅人さん!」
「…っ! ソア!」

 力に自慢があるエリスと言えど、後ろから何人もの人に羽交い締めにされれば身動きも出来ない。
 ソアの名前を叫べど、その声は虚しく民衆の野次に掻き消される。
 下手な動きをして民衆に怪我を負わせてしまえば、またソアにその火の粉が行くのであろうと思うと、エリスは振り払う事もできずにただ傍観するしかなかった。


「お前、剣さばきはアニマを超えたんだろ? お前一体何者だ? 自分で可笑しいと思わないのか? だいたい、お前と一緒に居るアニマも同等なんだよ!」

 その言葉に民衆達の言葉が重なる。

「確かにね…ラディの言うとおりだわ」
「やっぱり危険だな、あいつは」
「怖い怖い、もうこの町に来ないで欲しいわ」

 それは小さな声だと言うのに、言葉は鋭利な刃でエリスの心に突き刺さる。
 エリスはただ佇むだけのソアを見つめていた。真っ直ぐと男を見つめる綺麗な黒の瞳は、薄っすらと膜を張っていく。
 エリスの胸は何故か胸が締め付けられる。

 そう、彼女は何処か、何処か誰かに似ていたのだ。


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