10
エリスが痛みに顔をしかめ、後ろを振り向くと、鞘から抜いていない状態の剣の柄を持ったイリスが居り、全てに合点がいった。
「言い方に気をつけなさい!」
どうやらこの柄でエリスの頭を殴ったのだろう。
イリスはそうエリスを諌めると、再度ソアに目線を戻した。
「すみません、ソア。エリスはこれでも心配はしているんです。ソアは心配ないと言いましたが、やはり僕も少し気になります。どちらに用事ですか? 身なりを見る限り、行くのは近場のようですけど」
「く、クラーフの町に…少し、」
イリスの言葉に観念したのか、ソアは困った様な顔で目線を地面へと向けそう言った。
「クラーフに?」
エリスは聞き覚えのあるその町の名前を、小首を傾げながら聞き返すとソアは顔をあげて頷いた。
「私、配達を仕事にしてて、そこに配達しにいくの」
するとソアは、先程盗賊に狙われていた籠を胸の前で抱えると籠をあけて見せた。
そこには、小麦色に焼けた数々のパンが沢山詰め込まれていて、小麦の匂いがふんわりと鼻腔を誘い、イリスが顔をほころばせながら「美味しいそうですね」と言うと、ソアは嬉しそうに笑った。
「そうでしょ? これをクラーフに届けるのが今日の仕事なの」
ソアはこのパンを届ける相手を思ってなのか、とても優しい笑みを携えながらにそう言った。
そんなソアを見て、思わず微笑んでしまうエリスだったが、隣のイリスにそれとなく目線を遣ると、同じ考えの様子で頷いてみせた。
「なら尚更良い。ソア、クラーフまで一緒に行きませんか?」
「え?」
「あー…俺たちもクラーフに行くんだ」
「道中女性一人だけでは危険です。駄目ですか?」
そうイリスが尋ねると、ソアは一瞬顔を綻ばせたが、また一瞬にして顔を曇らせ目線を地面に向けた。
まるで百面相だ、と思いつつも、気を悪くさせてしまったのだろか、とイリスは思ったのだが、あの顔の綻びようだと、それは説明がいかない。
そんな事を考えている間に、ソアは既に顔をあげていた。
その表情は、先ほどと変わらない元気な笑顔で、イリスが胸を撫で下ろすと、ソアは人差し指を立たせ「じゃあひとつだけ約束、」と口を開く。
「約束?」
「そ、クラーフの町のちょっと前までって約束。それだったらあたしは全然かまわないよ」
そうソアが言うと、エリスは不服そうに「なんでだよ」と抗議するも、ソアは笑って誤魔化した。
イリスはそれに頷き、「分かりました」と返すだけにした。
それは、表情の裏に、何とも言えない悲しい表情が見えたからのだと言う事はしまいながら。
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