2
「エリス!」

 見えたのは薄汚れた天井に、心配そうな顔をしたイリスの顔だった。
 今までの景色とはまったく違うそこに、エリスは何度も瞬きをする。
 フェテス村から旅立って二日目の夜。

 どうやら夢から醒めたようだ。

「イリス…あれ、俺…」
「唸されてましたよ? 恐い夢を見たんですか?」

 何時もならからかう様に言ってくるのに、その時ばかりはイリスの表情は酷く悲しげだった。
 エリスはそんな表情をさせてしまった事に後悔を抱く。イリスだけは、もう悲しませたくなかったからだ。
まだ覚醒してない頭を揺り起こすように、頭を掻き毟る。

「…ああ、そうだな。あの時の…母さんが殺された日の夢だった」

 エリスは軋む体を起こし、首を鳴らしながらそう言うと、辺りを見渡し、思わず安堵の息をつく。
 そこは、クワースリが言っていた旅人小屋。
 外見は古びてはいるが、雨風がしのげるのであれば上出来だ。旅人が使っていたからか、中は小綺麗な所であった。 

「…まだ見るんですか?」

 冷や汗を拭いながら遠くを見据えるエリスに、イリスは小さな声で尋ねる。
 エリスは未だ悲しげな表情のイリスを見て肩を落とす。

「女々しいよな…。でも夢に出てくる母さんは母さんじゃなくって…きっと俺、母さんに罵られたいんだ、きっと、だから…」
「そこまで」

 胸の中で蠢き、心を埋め尽くしているこの感情のまま吐き出そうとすると、イリスは指を立ててエリスに突きつけそう言う。それは、有無を言わせない声色で、エリスは言葉を飲んだ。
 その表情は厳しく、そしてどこか不服そうでもある。

「イリス…」
「夜は心が強くなる。自分を責めるのは辞めて…また明日の朝聞きますから、今日はもう寝てください」

 そう優しく微笑むイリスに、エリスは首を振った。

「でも、もうすぐ見張りの交代じゃ…」
「ああ、すみません。僕、なんだか目が醒めちゃって…代わらせてくれますか?」

 そう言ったイリスが、エリスに対して気を使っているのは分かっていた。
 いつもならその気遣いに腹を立てたか、気にせずに振り払っていただろうが、エリスに今はそんなことが出来なかった。
 イリスを悲しませた。それだけで心が痛み、エリスは醒め切ってしまった瞳を無理矢理閉じて、また毛布に包まることにした。

「ごめん…ありがとう」
「何がです? おやすみ、エリス」
「おやすみ…また…明日…」



 くだらない話をしながら、少し時間が経つと寝息が聞こえ、イリスは唯一外を見ることが出来る窓をみながら、目を閉じて虫の声を聴きながら、ぽつりと漏らす。

「…母さん、エリスは僕が守ります…」

 もう安心したのか、深い眠りに入ってしまったエリスにはその声は届かない。好都合だった。
 イリスは、気付かれぬ様にエリスの手に触れる。

 その手は、小さな頃から自分と同じ早さで成長しているのだと知っていても、イリスには守らなければならない存在だった。

「…僕は、今は貴方だけが居ればいいんですよ、エリス」

 イリスは気持ち良さそうに寝息を立てる彼に言い聞かせる様に呟いた。

 そう、だからもう、エリスだけが悲しまなくていい。


/
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -