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「…昔は昔です。今の私は、あの頃とは違います」

 表情を歪ませ、クレデルタが言うと、言ランフェスはすかさず問いつめる。

「言い切るか?」

 その質問に、クレデルタは頷き言葉を紡ぐ。

「…そうですね、ヒトとまだ呼ばれるなら間違っていないでしょう。それに、ランフェス様こそ、昔とは大違いですよ。昔の方が謙虚で…部下や市民に慕われていました」

 クレデルタの言葉を聞くとランフェスは口角を吊り上げ、またクレデルタへと問う。

「昔とは酷い言い分だな。…今はどうなんだ?」
「私からは言えません。そのような資格は持っておりませんので」

 無表情のままそう言うと、視線を落とし口をつぐんだ。
 ランフェスからの視線に耐えかねたのだ。こちらからは見えぬ彼の瞳には、特殊な力でもあるのではないかと思うほど心を握られる。
 クレデルタはランフェスが目を通していた報告書を手に取ると「そういえば」と、何か思い出した様に話し始めたが、ランフェスはクレデルタの名前を呼びそれを遮った。
 クレデルタはゆっくりとランフェスに目を向けると、見えない瞳と視線がぶつかり、クレデルタは息を飲む。

「…なんでしょうか?」
「まだ怖いか?」

 そのランフェスの問いかけに、クレデルタは顔を歪ませたかと思うと、憂鬱そうな表情を浮かべ、持っていた書類を力無くしたよう手を離す。
 それは必然と音を立ててばらまかれ、世話しなく音が響いた。

「いえ、この偽りの世界で生きる方が私は怖い。もう何も、迷いはありません」
「そうだな…光の妖精…か」

 そうランフェスが呟くと、彼が大きく息を飲んだのが聞こえ、沈黙が続く。

 ランフェス同様にクレデルタも黙りこくると、外からは実施訓練をしている声が聞こえてきた。
 そう、幸せだったのだ。
 光の妖精や、光の女神、私達の過去がなければ。こんな忌々しい「生」などうけずにすんだのだ。

「目障りな」

 ふと彼が呟く。その言葉には殺気が混じっているようで、彼の周りで火花が咲く。
 大気の火の妖精達が、ランフェスの力に誘われ、力を放ったのだ。

「消せばいいじゃないですか」
「俺にはそんな力などないさ」

 いつものようなおどけた口調になり、ランフェスはそう言うと、部屋の中央にあるソファに腰かけた。
 クレデルタはそれを視線だけで追い、あきられたように言葉を放つ。

「何を仰るんです。今の光の妖精ならば、赤子の首を捻る事と同じでしょう」
「殺す事ならな。だが相手はこの世界の神だ。消せると思うか?」
「ああ、それは無理でしょう。他の生命から命を吸い上げます。あれは神ではない、バケモノだ」

 クレデルタは表情を変えずにそう言うと、ランフェスは口角を上げてくつくつと笑う。


「その言葉が欲しかったよ。だからソシェディアは封印しようとした」
「ですが失敗した。それがこの結果を生み、この世界は…」
「次は失敗などしないさ」

 ランフェスはそうクレデルタの言葉を遮ると、指を絡め遠くを見ていた。

 その声色は、常に余裕綽々としているいつものランフェスのものではなかった。
 不安気な声を出したわけではない。確固たる決意。そしてそれを行うことへの充足感に対する喜び。
 一言では表せそうにないその感情を、ランフェスは持っていた。

「…この永遠であった時間を無駄にはしません」

 クレデルタは拳を握りしめランフェスを見ると、彼は冷め切ってしまったであろう紅茶に口をつける。
 カップとソーサーの擦れる音が聞こえ、クレデルタはそ、と目を閉じ、口を開いた。


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