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走るまでとはいかないが、その足取りはいつのまにか早くなっていて、それと比例してか長い廊下にはブーツの音が響く。
擦れ違う部下に敬礼されると、ご苦労と社交辞令のように返すのは、金髪の人物。
補佐のクレデルタであった。
「ランフェス総督がお呼びしております」
クワースリと話し終えた後、それを見計らってか部下がクレデルタにそう伝えた。
思わず溜息を吐いた。
もちろん部下には見せずにだが。
それは自分の仕事を放棄しろと言われている様なもので、眉間に皺をよせながら歩いている今に至る。
ランフェスの執務室の前で足を止め、三回ノックをすると、中から鍵が開いた音がした。
少なからず、ランフェスへの苛立ちがあった。それを顔には出さぬようにゆっくりと呼吸をして落ち着かせ、そして体の筋肉という筋肉を引き締める。
隙は見せられない。
ドアノブに手を掛け、重たい扉を押し入れば微かに紅茶の良い匂いがした。
「…自分でなさったんですか?」
「昔を思いだした」
珍しい、との気持ちを籠めてそう言った。
静かに扉を閉め、床にあった視線を上へと上げると、自分が遣えるべき人物が奥の椅子にゆったりと座っていた。
何かの書類にでも目を通していたのか、分厚く重ねられた紙を持っていて、クレデルタがその書類に目を向けるとランフェスは「報告書だ」と軽く説明する。
外から注ぐ陽光が彼を照らしだし、鮮明に、かつ繊細に見せた。
彼の顔の大半は包帯が巻き付けられており、素顔を見る事は出来ない。所々に見えるクレデルタと同じ金の髪は、太陽の光できらきらと輝いていた。
そして唯一見える唇が、彼の喜怒哀楽を示す。
「光の子はどうしてるクレデルタ」
ランフェスは報告書に目を向けながら尋ねる。
「…ブログントの事ですか?」
「ああ。そちらの光の子だ」
そう戯けたようにランフェスは口角を少し上げながら言うと、今まで座っていた椅子から腰をあげた。
報告書を乱雑に机に置き、代わりにティーカップを手に取って机に寄り掛かり、一口口に含み答えを促す。
「ええ、それはとても快く任務を引き受けてくださいましたよ」
「そうか? そうは見えなかったがな」
「…そうですか? 私はそう思ったんですが」
クレデルタがそう言いながら微笑みを返すと、ランフェスは困ったように笑う。
「お前の性格は昔のままだな。いや、昔の方がまだ素直だったかな」
「そして何より可愛かった」と満面の笑みを唇に携えて言うと、クレデルタは聞こえるように大きな溜め息をつくと、ランフェスの言葉の後に少し間を開け、口を開く。
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