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 王宮を後にすると、清々しい風が頬を撫でた。

 クワースリは王宮から城下街へと続く、広い長い階段を降りていくと、前方から大きく手を振っている女の子に気付いた。
 その女の子は、小さな体つきにはそぐわない頑丈そうな黒い鞄を持っていたが、栗色の髪に不自然なツインテールをしていた。
 そして青の制服と言えば、クワースリに心当たりがあるのはただ一人、バディのアーガテイだけだった。

「クワースリ! 遅いよ、船に乗り遅れちゃう!」
「お、アーガテイ旅券はちゃんと持ったかい?」

 クワースリがそう尋ねると、アーガテイは地面に置いた鞄を軽く蹴った。

「大丈夫大丈夫! ちゃーんとイリスとエリスの分も入れたんだから! それにしてもけれって重い…」
「ごめんな、持ってやれなくて。じゃ、問題無しだ。港に行こうか」

 クワースリはその鞄を軽々しく持ち上げ、空いた左手をアーガテイに差し出すと、アーガテイは嬉しそうに飛びつき掴んだ。

「クワースリ、何やってたの?」

 横目でクワースリを見上げるアーガテイに、クワースリは苦笑する。
 可愛い尋問だ。

「いや、クレデルタ軍師隊長に捕まっててね」
「クワースリが捕まえてたんじゃなく?」

 アーガテイは素早くそう口を挟む。
 その表情は何処か自慢気だ。

「いいとこついたね。どっちもどっちかな」


 肩を竦め、クワースリはそう答えると、アーガテイ「おしかった」と、とても残念そうに肩を落とした。
 クワースリはそれを見て笑ったが、落ちたアーガテイの横顔は、軍人のそれとなっていた。
 声色を落とし、クワースリにしか届かない声量で尋ねる。

「ランフェス総督〈グヴェルヌール〉は?」

「いや、あいつに会ってたらもっと遅かったろうよ」

 アーガテイを見ずに、クワースリは言う。

「そうだね。総督…か」

 アーガテイはそれ以上はなにも言わずに口を閉じたが、少しするとアーガテイは顔を上げ、頬を膨らませながら不服そうな声で呟く。

「まさかランフェスが総督になるなんて。もっとまともな人いなかったのかなあ」
「軍にまとももクソもないだろう。ちなみに、アーガテイ。ランフェスのファンにきかれてたら今のは袋叩きに会うぞ」
「うわ、こっわーい」

 戯けたようにそう言うアーガテイだったが、少しするとまた真剣な顔付きになる。

 クワースリ達が口々に言っているランフェス。
 彼は王都・シャルトの軍人で、本来は「戦闘部」に属しているが、総督〈グヴェルヌール〉という地位についている。
 クワースリやアーガテイ、基クレデルタの上司であるのは間違いない。

 軍にも沢山の役所がある。
 士官候補生から元帥、又は王。そんな中にある「総督」と言うのは、それぞれの部に一人ずつ居る「監督」を統括する人物である。
 「戦闘部」の対にある「情報部」。そのどちらも支配できる力を持っている総督は、政治にも参加できる権力があり、そんなランフェスの補佐〈コミテル〉についているのが先程の軍師隊長クレデルタである。

 ただ、この二人の関係はやけに妙であるのとクワースリは思う。
 総督と補佐というだけの関係でないのは確かだ。
 クレデルタは尊敬すべきランフェスの事を会話に出すと怯える仕草は見せる。ただそれはランフェスに恐れがあってのことではない。
 そんなランフェスに、クワースリとアーガテイは、不信感を抱いている。
 ただ単に人間として嫌いだから、と言う子供じみた理由ではないのは確かだ。
 だがランフェスが総督についてから、政治は安定し、このノジェスティエでの凶悪な事件も激減した。
 そして王都以外の地方の街にも向ける誠意には、地方からのランフェスの指示も格段に上がった。
 まだ年若いといっても、元帥直々の推薦がなければ総督にはなれない。それほどの実力があると言うことを認めなければならない。

「ま、実力は実力なんだがな、なんだか胡散臭いのは分かるよ」

 苦笑を浮かべたままクワースリがアーガテイの頭を撫でてやると、我に帰ったのか目を大きく見開きクワースリを再度見上げた。

「それって見た目が?」
「残念、中身も」

 クワースリのその一言にアーガテイは涙を浮かべて笑った。
 彼女はこういった表情の方が似合う。

 クワースリは気づかれぬ様に息をつくと、涙を拭いながらアーガテイは言う。

「クワースリこそ袋叩き決定だね」
「ああ。そうかもしれないね。さ、総督の悪口はここまでにして、先を急ごうか」

 胸ポケットにしまっておいた乗船券を、見せびらかすように仰ぎながらアーガテイに見せると、アーガテイは元気よく頷いた。

 メマルシーニエリオス16、第四の鐘。それが乗船券の期限であった。


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