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「ブログント、何のようですか?」
「何言ってるんだい。クレデルタ君が呼んだんだろ? それとも、愛の会話へと洒落こもうとしてた。の方がいいのかな?」

 クワースリは前へ一歩踏み出し、金の髪をさらりと持ち上げ、キスを一つ落とす。

「…触るな、気持ち悪い。これだ、持っていけ」

 クレデルタは嫌悪感を露にし、クワースリの手を勢いよく叩き落とすと、今回の本題であろう白い封筒を胸に突きつけた。
 クワースリはそれを悪びれる事もなく受け取る。フェテス村の近くまで行ける船の乗船券だ。
 クワースリはコートの内ポケットにそれをしまいながら、声をあげて笑う。

「クレデルタ軍師隊長殿。周り見てるんだし、敬語使った方がよくないかい? 本当面白いねえ」
「…その言葉、貴様にそのまま返す」

 クレデルタはこれでもかと言うほどに目を細め、舌打ちする。

「…新しい任務があるんだ。こんなところで油を打っている時間はないのだろう? 直ちに次の任務に移れ」

 鋭い剣幕で睨みつけながらクレデルタは言い捨てるとその場を立ち去ろうとするが、クワースリはその背に異を唱え止めた。

「待てよ軍師隊長。任務? 俺には任務って言う名目で俺をシャルトから遠ざけたいようにしか思わないんだが?」

 真剣な眼差しとその言葉に、クレデルタは立ち止まり振り返った。
 まるで天使の様な微笑みにも見えるが、その表情はまるでクワースリを憐れむような顔つきで、クワースリの鼻につく。

「だとしたら何だ、ブログント? 貴様に選ぶ権利などない。お前はランフェス様の駒の一部にしかすぎない」

 すると表情が一変し、口元は卑しくつりあがった。

 そう、これが皆から信頼、羨望される軍師隊長の本性である。
 シャルト軍に所属するものの中で、クレデルタのこの本性を知っている物は誰が居るのだろうかとクワースリは思う。

 クワースリに与えられる任務は、毎回クワースリを王都から離れさせるという魂胆が、火を見るよりも明らかだった。

 入隊以前は、フェテス村から無理矢理引き剥がしたと言うのに、今では特別任務の言うことでシャルトより離れた場所へ、とよくある事であった。

「ランフェスの野郎なら、そう考えてるはずだが」
「…さあ、どうだろうな。ランフェス様の真意は誰にもわからない。もちろん俺にも」

 ランフェスの名を口にすると、クレデルタが肩を少し強ばらせたのを見逃さなかったが、クワースリは「そうか」とだけ返した。

「…ま、俺は久々に里帰りさせて頂くよ。俺の可愛い妹と弟二人がいるんでね」

 クワースリはそうとだけ言うと踵を返し、荷物が送られているであろう港へと足を向けると、クレデルタは何もいわず、ステンドグラスを仰ぎ見た。
 その動作だけだと言うのに、クレデルタに目を奪われる。
 まるで悲しみを背負い、神に懺悔する天使の様なその儚さに振り返ると、クレデルタは言う。

「その二人を監視するのがお前の…任務だ」

 クレデルタはクワースリを見ずにそう言った。
 ステンドグラスから零れる光がその美しい金の髪を照らして、悲しげな声色で笑った。

「…そうか。だが俺は、お前たちの言いなりには一生なるつもりはないね」
「抗え。守ることもできない貴様の無力さに気づくがいい」
「ああ、助言ありがとな」

 クワースリはもう振り返ることなどせず、シャルト港に向かう。

 フェテス村。それはクワースリが生まれ育った村であり、最愛のモノがある場所であった。

 


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