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「イリスのアホー!」
悲痛な声が、フェテス村中央広場へと通ずる長い一本道に木霊する。
青々としげった葉は太陽の日差しをあび、朝露に濡れ輝いており、こんな素晴らしい景色は早々無いのだろうが、今やその声を上げたエリスには、そんなことを思える余裕もなかった。
今日の離村式に間に合わなければ、次に村を出るのは次の年になってしまうのだ。
その理由が、寝坊によってだなんて知られたくない。だがこんな小さな村だ、すぐに知れ渡るだろう。
「俺達村の笑いもんじゃねえか!」
「それはエリスが悪いんですよ。僕、何回も起こしましたし…そのわりにはちゃんと服は着たんですからエリスには脱帽ですね。ぜひ見習いたい」
エリスの後ろを軽い足取りでついて走っていたイリスは、じっとエリスを見つめた。
腕の部分が引き締まっている白地のジャケットを羽織り、中には前で二股に、後ろでは燕尾服を思わせるように垂れている黒いシャツを着ている。
グレーのズボンは少しゆとりのあるもので、膝の辺りから包帯が巻かれ、足元のブーツは淡白な服装の色合いとは裏腹に、刺激的な赤色をしたがっちりと固定されているブーツを履いている。
そして、先程と変わらないのは、右手の黒い革手袋だ。
銀色の髪は、イリスとは違い、上に立たせてあったので顔は同じでもすぐに見分けがつく。
エリスは後ろのイリスを見る。
「…おい、それ良い意味じゃないだろ」
「おや。エリスのくせに気付けました。エリスのくせに」
「…くせにって何だよ」
「そのまんまです。かっこつけるのもいいですが、もう寝坊している時点で恥ずかしいですからね」
にっこりと悪魔の笑みを添えてイリスがそう言うと、エリスが目に見える程大きく肩落とした。
「ま、こんな無駄話してる暇あるなら真剣に走って下さいね」
するとイリスがひょいと軽々しくエリスを抜いた。
その表情はまるで疲れていない様子だ。負けたくないと、本能的に思うのか、エリスも先程よりも足を早め、イリスの隣に並ぶと、小さな声で「わかってるよ」とだけ呟くと、「ちなみに、」とイリスから一言声が上がる。
「離村式の受付はあと十分ほどで終了しちゃいますね」
自分とは関係はないといったように、言葉からは焦りが感じるどころか、明らかに面倒だと言わんばかりにイリスは言う。
「ぁあ! もう、早く行くぞ!」
「言われなくてもわかってますって」
悲痛な叫びが響く一本道の先には、少し黄ばんだ大きな旗がはためいていた。
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