【姉乙女宛の手紙】


正月二十三日ののちナリ
今日の屋鋪ニおる内、
二月末ニもなれば
嵐山にあそぶ人々
なぐさみにとて
桜の花もて来り候。
中にも中路某の老母
神道学者奇人也
ハ実おもしろき人也。
和歌などよくで来候。

此人共私しの喋しおもしろがり、
妻をあいして度々遣をおこす。
此人ハ曽て中川宮の姦謀を怒り、
これおさし殺さんとはかり人也。
本禁中ニ奉行しておれバ、
右よふの事ニハ、
遣所おおき人ナリ。
公卿方など不知者なし。

是より三日
大坂ニ下り、
四日に蒸気船ニ両人共のり込ミ、
長崎ニ九日ニ来り
十日ニ鹿児島ニ至り、
此時京留居吉井幸助
もどふどふニて、
船中ものがたりもありしより、
又温泉ニともにあそバんとて、
吉井がさそいにて又両りずれにて
霧島山の方へ行道にて
日当山の温泉ニ止マリ、
又しおひたしと云温泉に行。

此所ハもお大隅の国ニて
和気清麻呂がいおりおむすびし所、
蔭見の滝の布ハ五十間も落て、
中程にハ少しもさわりなし。
実此世の外かとおもわれ候ほどの
めずらしき所ナリ。

此所に十日計も止まりあそび、
谷川の流にてうおおつり、
短筒をもちて鳥をうちなど、
まことにおもしろかりし。

是より
又山深く入りて
きりしまの温泉に行、
此所より
又山上ニのぼり、
あまのさかほこ
を見んとて、
妻と両人ずれニて
はるばるのぼりしニ、
立花氏の西遊記
ほどニハなけれども、
どふも道ひどく、
女の足ニハなけれども、
ども、とふとふ
馬のせこへ
までよじのぼり、
此所に
ひとやすみして、
又はるばるとのぼり、
ついに
いただきにのぼり、
かの天のさかほこ
を見たり。

其形ハ
是ハ
たしかに
天狗の面ナリ、
両方共ニ其顔が
つくり付てある。
からかね也。
まむきに見た所也。

やれやれと
こしおたたいて、
はるバルのぼりしニ、
かよふなるおもいもよらぬ
天狗の面があり、
大ニ二人りが笑たり。

此所に来れバ実ニ高山なれバ
目のとどくだけハ見へ渡り、
おもしろかりけれども
何分四月でハまださむく、
風ハ吹ものから、
そろそろとくだりしなり。
なる程
きり島つつじが
一面にはへて
実つくり立し
如くきれいなり。
其山の大形ハ

霧島山より下り
きり島の社にまいりしが
是は実大きなる杉の木があり、
宮もものふり極とふとかりし。

其所ニて一宿、
夫より
霧島の温泉の所ニ至ルニ、
吉井幸助もまちており、
ともどもにかへり、
四月十二日ニ
鹿児島ニかへりたり。

夫より六月四日より
桜島と言、蒸気船ニて
長州へ使を頼まれ、出航ス。

此時
妻ハ長崎へ
月琴の稽古ニ行たいとて
同船したり。

夫より長崎のしるべの所に頼ミて、
私ハ長州ニ行けバ
はからず
別紙の通り軍をたのまれ、
一戦争するに、
うんよく打勝、
身もつつがなかりし。

其時ハ長州候ニも
お目ニかかり色々御達しあり、
らしやの西洋衣の地など送られ、
夫より国ニかへり
其よしを申上て
二度長崎へ出たりし時ハ、
八月十五日ナリ。

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