1

“一番近い場所にいて、君を幸せにする”

その約束、今も胸の中にある

例えばその温もりが遠くても

心はいつでもそばにあることを知っているから

わたしもあなたの心、そばにいて守らせて

“一番近い場所にいて、君を幸せにする”

その約束、今も胸の中にある

だからわたしも、そばに寄り添ってあなたを幸せにする

そしてふたり、同じ未来へと……


ひんやりとした空気が少し熱を持ったままの身体を包む。

深夜2時。

スタジオでの収録を終えて、長い一日がようやく終わった。

自宅近くの公園でタクシーを降り、少しだけ歩いて帰ることにする。

「はぁ……」

吐く息が白く、すぐに空気に溶けていく。

見上げると、白い三日月がわたしを見下ろしていた。

(ちょっと疲れた……)

そうしてカバンから取り出した携帯を開ける。

新着メール1件。

(あ……一磨さん……)

『詩季ちゃん、お疲れさま。

今日は収録だったよね?

寒くなって来たから、風邪引かないように気をつけて。』

そして最後にこう書かれていた。

「終わったら、電話もらえる?……かぁ……」

こんな深夜に、と思った。

メールの受信日時は昨日、日付が変わる前になっている。

(……一磨さん……)

肌を包む冷気に、携帯を持つ手が震える。

(会いたいな……)

わたしは『一磨さんも、お仕事頑張ってね』とだけ返信し、携帯を閉じた。


彼と付き合い始めて、半年が過ぎようとしていた。

その間にゆっくりと会えたのは、両手で数えられるほどしかない。

一磨さんもわたしも、ミュージカルでの評判から、歌手活動以外にも役者として頻繁に声がかかるようになった。

今も、一磨さんは舞台の稽古に、わたしはドラマの撮影に励んでいる最中だ。

(こんなに女優としてお仕事がもらえるようになるなんて……)

嬉しい反面、少し寂しさも感じていた。

女優としての一歩を踏み出すきっかけとなった、あのミュージカル。

あんなにも胸を熱くした、わたしにとって一生忘れられない大切な日々が、どんどん遠ざかっていく。

一磨さんとの、思い出の日々から……。

でも、不思議と心が穏やかでいられるのは、一磨さんが側にいてくれるという信頼感があるからかもしれない。

あの日の約束の通りに。

――ブーッ、ブーッ

その時、手にしていた携帯が着信を告げる。

(えっ……一磨さん?)

「は、はいっ」

今、胸に思い描いていた相手からの電話に、思わず声がうわずってしまう。

そんなわたしの声を聞いて、一磨さんはクスッと笑った。

『詩季ちゃん……電話して、って書いたのに』

穏やかな優しい声音に心が包まれる。

「ふふ。ごめんなさい……遅くなっちゃったから……」

そう返事を返しながら、自宅前の角を曲がったところで、ハッとして足を止めた。

家の前に立つ人影があったからだ。

「あ……」

電話口でフッと笑う一磨さんの声。

『……驚いた?』

しばらくの間、動かないわたしの元へ、一磨さんが歩み寄る。

耳元から携帯を外すと、その手をわたしに伸ばして、優しくそっと抱き寄せた。

「……ちょっと、びっくりしたよ」

「ちょっとだけ?」

力強い腕と温もりの中で、わたしはそう答えた。

「うん。……だって、わたしも会いたいと思ってたから」

……ほら、ね。

わたしがどうしても会いたくなった時には、いつだって会いに来てくれる。

「……詩季」

特別な時にだけ使うその呼び方。

顔を上げると、真剣なまなざしでわたしを見つめる一磨さんの瞳があった。

フワリと吸い寄せられるように顔が近づき、ややあって唇に温かい感触。

「……詩季……」

「……一、磨……」

真夜中の3時近く。

静まり返った住宅街の陰で、冷えた身体を温め合うように長い口づけを交わした。



*← #

1/176
BKM/BACK
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -