間もなく始まったシングル発売に向けてのレコーディング。
今回はメディアへの露出もあり、並行してPV撮影も行われる。
また、目の回るような忙しい日々が始まっていた。
「……OK!」
この日、PV撮影がテレビ局のスタジオで行われていた。
テーマは『結婚式場の控え室』
有線へのリクエストで、わたしの作詞した『promise』を結婚式で使いますというコメントが多数寄せられているそうだ。
そこから、ウェディングソングの定番にしようというのが今回のシングル発売のねらい。
赤いビロードの絨毯。
アンティークの白いドレッサー。
そして目の前には、真っ白なウェディングドレス。
本物の結婚式場みたいに再現されたセットの中。
わたしは花嫁役を、そして新郎役を……翔くんが演じる。
「じゃあ、次は翔くんの撮影に入りまーす。詩季ちゃんはドレスに着替えて来てください」
「あ、はい」
PVは、花嫁役のわたし、新郎役の翔くん、そして他のWaveのみんなは友人役として、それぞれが別々に撮影に臨む。
最初は衣装を前にして曲を口ずさむ。
次に衣装に着替えて窓からの景色を眺めながら。
そこへ友人がやってくる。
最後に、翔くんとわたしがそれぞれの部屋の扉を開けて、これから式に向かう……
事前に告げられていたPVのイメージは、そういうものだ。
「詩季ちゃん」
着替えのために用意された控え室に向かう途中、廊下でスーツに身を包んだ京介くんに声をかけられた。
「あ、京介くん」
京介くんはニッコリと笑いながらわたしに近づくと、耳元で短くささやいた。
「ドレス姿、楽しみにしてるね」
「きょっ……京介くんっ」
「ハハッ、詩季ちゃん可愛い。ごめんね、呼び止めて……また後で」
そう言ってわたしの肩をポンと叩いて、スタジオへと歩いて行ってしまった。
(も、もう……京介くんってば、相変わらずなんだから……)
真っ赤になっているだろう顔を押さえながら、わたしは控え室へと足を向けた。
「詩季さん入りまーす!」
慌ただしく着替えとメイクを済ませ、わたしは長いドレスの裾を踏まないように気をつけながら、再びスタジオ入りした。
ざわっ。
スタジオに入るなり、周囲がにわかに騒がしくなり、視線がわたしに集中するのを感じる。
(え……な、何……?)
「詩季ちゃん!」
戸惑うわたしに、真っ先に駆け寄って来たのは翔くんだった。
彼も既に着替えを済ませ、白いタキシードに身を包んでいる。
「翔くん……わたし、何か変なところ、ある……?」
「え?まさか。詩季ちゃんすっごくキレイだよ……」
わたしの前に立ち止まった翔くんは、そう言って顔を赤らめた。
「ちょっと、翔ー?なに一人だけ先に詩季ちゃん口説いてんの?」
そんな翔くんの肩を京介くんが叩いた。
「な、なんだよ、京介っ」
(ふふ。翔くんも京介くんも、相変わらずだなぁ……)
顔を合わせるたびにケンカしているふたりを見ながら、思わずクスリと笑みがこぼれる。
「……詩季ちゃん」
そんなわたしに、少し離れたところにいた一磨さんが声をかけた。
「あ……」
ピシッとスーツを着こなしている一磨さんの姿に、胸が揺れる。
(本当は、一磨さんが新郎役だったら嬉しかったけど……)
「ど、どう……かな?」
緊張しながら小声で尋ねてみると、彼はじんわりと顔を赤く染めた。
「あ、うん。すごく……キレイ、だよ」
「あ、ありがとう……一磨さんも……」
自分で尋ねたことなのに、一磨さんにキレイと言われた瞬間、顔中に熱が広がるのが分かった。
「詩季ちゃんも一磨も……なに真っ赤になってんの?」
そんなわたしたちをからかうような亮太くんの声が背後から届き、振り返るとニヤニヤと意味ありげな表情と出会う。
「り、亮太っ」
「亮太くんっ?」
「さ、早くスタンバイしよっと」
同時に声をあげたわたしたちから逃れるように、亮太くんはそそくさとセットの方へ行ってしまった。
顔を見合わせたわたしたちは、クスリと笑い合う。
わたしに向けられる優しい瞳。
その顔はまだ少し、赤らんで見えた。