8

「……詩季?」

「……ん……」

名前を呼ばれてわたしはハッと目を開けた。

「あ、れ……?」

目の前には穏やかな一磨さんの笑顔。

「ごめん……俺、眠っちゃったみたいで……」

「あ……ううん。気にしないで。わたしも……一緒だもん」

わたしたちは同時にクスッと笑い合う。

時計を見ると、8時少し前だった。

「ご飯にしよっか」

そう言ってソファから立ち上がった瞬間、グラリと身体が傾き、視界がぼやけた。

「……詩季っ」

グイッと力強い腕がわたしの身体を抱き止めてくれるのが分かる。

「……あ……ご、ごめ……もう、大丈夫」

少しぼーっとする頭で声を出したわたしを、支えていた一磨さんの腕に力がこもる。

「……熱いな」

「え?」

「詩季……熱が出てるんじゃないか?」

そう言った一磨さんは、わたしのおでこにかかる前髪をやわらかくかき上げ、顔を近づけてきた。

コツン、とくっつけられるおでことおでこ。

突然の至近距離にカッと顔に熱が集まるのが分かった。

「……やっぱり熱い」

そういえば何だか身体が熱い。

(風邪、引いちゃったのかな……)

ぼんやりとする頭で、そう思っていると、フワッと宙に身体が浮いた。

(えっ……)

「すぐに休んだ方がいい。ベッドに行こう」

軽々とわたしを横抱きにした一磨さんは、寝室に足を向け、ベッドにそのままわたしを横たえた。

「一磨……」

「うん?」

「ごめんね」

「……大丈夫だよ。きっと、疲れが出たんだ。ゆっくり休んでいいから」

熱を持ったわたしの頬に彼の手が触れる。

そっと目を閉じると、大好きな香りに身体も心も包まれる気がした。

「……ご飯……食べて……ね……」

ホッと安堵からか、少しずつ意識が薄れていく。

「……ああ」

優しい手が、わたしの髪をそっとなでてくれた気がした……。


「……はぁ……はぁ……」

少し荒い呼吸を繰り返す彼女の、眠っているその額に手をかざす。

「……上がってる」

さっき触れた時よりも手に感じる熱は高くなっている。

白い喉元はかすかに汗ばんでいて、上気する頬が赤い。

「まずいな……」

時計は間もなく10時を告げようとしている。

一磨は明日、午後の仕事が2本あるだけだが、彼女は午前中から雑誌のインタビューが控えていると言っていた。

ここにこのまま眠らせてあげるのは問題ないが、明日の仕事は大丈夫だろうか。

少しの間時計を見つめたまま、何かを考える様子だった一磨は、おもむろに立ち上がり、リビングへ戻る。

「……夜分にすみません。Waveの本多です。実は……」

取り出した携帯電話で、一磨は滅多にかけることのない相手の番号を呼び出した。

『……詩季をよろしく頼みます』

いくつか言葉を交わした後、電話口からはそう相手の声が聞こえ、間もなく切れた。

何か言われるだろうかと覚悟していたが、特に咎められることはなかった。

逆に、認めてもらえたのだろうかとホッと息をつき、携帯を机の上に置く。

「……一、磨……?」

弱々しい声が寝室の方から聞こえ、振り返ると彼女がそっとこちらを覗いていた。

「詩季。起こしちゃった?」

「……ううん。一磨が……いなくて……びっくりしただけ」

熱を持って少し潤んだ瞳で言う彼女に近寄り、優しく抱きしめる。

弱っているせいか、華奢な身体がさらに小さく感じる。

一磨の体温に包まれ、彼女は安心したように息を吐き出した。

「……汗かいてる。着替える?」

「でも……着替え持ってない……」

「大丈夫。ちょっと待ってて」

一磨は彼女をベッドへと促し、側にあるクローゼットを開ける。

その背中を彼女はベッドの上に座ったまま、不思議そうに眺めていた。

しばらく何かを探っていた一磨は、少し照れくさそうに顔を赤らめながら振り向き、ためらいがちにつぶやく。

「これ……着れる?」

その手には一磨のシャツが握られていた。

「え……」

驚いて目を見開いた彼女の様子に、一磨は目を伏せる。

「ごめん……嫌、だった?」

「あっ……ち、違……」

慌ててそう言った彼女は、熱を持って赤い頬をさらに染めた。

「……うれしい、よ……」

「えっ?」

「借りても……いい?」

恥ずかしそうに小さくつぶやいた彼女に負けないくらいに、一磨の顔も赤かった。



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