「……詩季?」
「……ん……」
名前を呼ばれてわたしはハッと目を開けた。
「あ、れ……?」
目の前には穏やかな一磨さんの笑顔。
「ごめん……俺、眠っちゃったみたいで……」
「あ……ううん。気にしないで。わたしも……一緒だもん」
わたしたちは同時にクスッと笑い合う。
時計を見ると、8時少し前だった。
「ご飯にしよっか」
そう言ってソファから立ち上がった瞬間、グラリと身体が傾き、視界がぼやけた。
「……詩季っ」
グイッと力強い腕がわたしの身体を抱き止めてくれるのが分かる。
「……あ……ご、ごめ……もう、大丈夫」
少しぼーっとする頭で声を出したわたしを、支えていた一磨さんの腕に力がこもる。
「……熱いな」
「え?」
「詩季……熱が出てるんじゃないか?」
そう言った一磨さんは、わたしのおでこにかかる前髪をやわらかくかき上げ、顔を近づけてきた。
コツン、とくっつけられるおでことおでこ。
突然の至近距離にカッと顔に熱が集まるのが分かった。
「……やっぱり熱い」
そういえば何だか身体が熱い。
(風邪、引いちゃったのかな……)
ぼんやりとする頭で、そう思っていると、フワッと宙に身体が浮いた。
(えっ……)
「すぐに休んだ方がいい。ベッドに行こう」
軽々とわたしを横抱きにした一磨さんは、寝室に足を向け、ベッドにそのままわたしを横たえた。
「一磨……」
「うん?」
「ごめんね」
「……大丈夫だよ。きっと、疲れが出たんだ。ゆっくり休んでいいから」
熱を持ったわたしの頬に彼の手が触れる。
そっと目を閉じると、大好きな香りに身体も心も包まれる気がした。
「……ご飯……食べて……ね……」
ホッと安堵からか、少しずつ意識が薄れていく。
「……ああ」
優しい手が、わたしの髪をそっとなでてくれた気がした……。
「……はぁ……はぁ……」
少し荒い呼吸を繰り返す彼女の、眠っているその額に手をかざす。
「……上がってる」
さっき触れた時よりも手に感じる熱は高くなっている。
白い喉元はかすかに汗ばんでいて、上気する頬が赤い。
「まずいな……」
時計は間もなく10時を告げようとしている。
一磨は明日、午後の仕事が2本あるだけだが、彼女は午前中から雑誌のインタビューが控えていると言っていた。
ここにこのまま眠らせてあげるのは問題ないが、明日の仕事は大丈夫だろうか。
少しの間時計を見つめたまま、何かを考える様子だった一磨は、おもむろに立ち上がり、リビングへ戻る。
「……夜分にすみません。Waveの本多です。実は……」
取り出した携帯電話で、一磨は滅多にかけることのない相手の番号を呼び出した。
『……詩季をよろしく頼みます』
いくつか言葉を交わした後、電話口からはそう相手の声が聞こえ、間もなく切れた。
何か言われるだろうかと覚悟していたが、特に咎められることはなかった。
逆に、認めてもらえたのだろうかとホッと息をつき、携帯を机の上に置く。
「……一、磨……?」
弱々しい声が寝室の方から聞こえ、振り返ると彼女がそっとこちらを覗いていた。
「詩季。起こしちゃった?」
「……ううん。一磨が……いなくて……びっくりしただけ」
熱を持って少し潤んだ瞳で言う彼女に近寄り、優しく抱きしめる。
弱っているせいか、華奢な身体がさらに小さく感じる。
一磨の体温に包まれ、彼女は安心したように息を吐き出した。
「……汗かいてる。着替える?」
「でも……着替え持ってない……」
「大丈夫。ちょっと待ってて」
一磨は彼女をベッドへと促し、側にあるクローゼットを開ける。
その背中を彼女はベッドの上に座ったまま、不思議そうに眺めていた。
しばらく何かを探っていた一磨は、少し照れくさそうに顔を赤らめながら振り向き、ためらいがちにつぶやく。
「これ……着れる?」
その手には一磨のシャツが握られていた。
「え……」
驚いて目を見開いた彼女の様子に、一磨は目を伏せる。
「ごめん……嫌、だった?」
「あっ……ち、違……」
慌ててそう言った彼女は、熱を持って赤い頬をさらに染めた。
「……うれしい、よ……」
「えっ?」
「借りても……いい?」
恥ずかしそうに小さくつぶやいた彼女に負けないくらいに、一磨の顔も赤かった。